エピローグ「そして、春は訪れ、桜は咲き誇る」




 初音島に春がやってきた。
 島中を覆っていた寒気は過ぎ去り、うららかな陽気が身も心もあたたかくする。春眠暁を覚えずの言葉通り、眠気を誘う心地の良い気候が初音島を包み、寒すぎず、暑すぎず、冬の寒さを乗り越えた先にあるこの心地良さに人々の心は躍り、自然と気分は明るくなる。。人々の気分を明るくさせるのは何も気候だけではなく、この季節にだけ咲く、この季節を象徴する花もまたその一因だ。春という季節を迎え、初音島中に植えられた桜の木々はその枝木に満開の薄紅色の花々を咲かせる。かつてのように初音島は再び桜の花の薄紅色で覆われ、その姿は眺めているだけで自然と人の心は弾む。決して強く主張しているわけではないのにその花々の印象は強く人の心に残り、穏やかでいて、それでいて生命の息吹の強さを感じさせる春の花、愛しさの花。桜の花の薄紅色はそんな魔力めいた魅力を秘めて、初音島を覆う。春の暖気を多分に含んだあたたかな風が吹き抜けると、薄紅色の花を咲かせた木々はその枝木を揺らし、ひらり、はらり、と薄紅色の花びらが舞う。桜の花は舞い、それに呼応するように小鳥たちは思い思いにさえずる。その調和を前に人は全身で、ああ、春が来たんだ、と感じさせてくれる。自然が生み出すその幻想さ。何ら人の手が加わっていない自然の美がそこにはある。心をあたためる春の景観を目にしては何か新しい日々が始まるような、そんな予感すら抱く。そんな春の、4月のとある日。

「義之く〜ん! 早く、早く!」

 元気いっぱいの声が春の青空にこだまする。弾んだ声に桜内義之は「そんなにせかさないでくださいよ」と苦笑を返しながら玄関の戸締まりを終えた。振り返ればそこにいるのは金色の髪をツーサイドアップで纏めた碧い瞳の小柄な少女。芳乃さくら。義之の恋人で何よりも大切な人。そんな人が満面の笑顔を浮かべて義之を待っている。その笑みに相変わらずの安心を与えられることを感じながら義之はさくらの隣に並んだ。さくらは今にも駆け出しかねない勢いだ。「そんなに急がなくても学園は逃げませんよ?」と義之が言うと「それはそうなんだけどね〜」と笑みが返ってくる。

「今日から新学期でしょ? 気分もうっきうっきのわっくわっくになるってものだよ♪」

 そう。短かった春休みは終わり、風見学園は今日から新学期を迎える。「そういうもんですか」と返す義之にとっては付属卒業後、本校に進級してから初となる登校だ。

「それにしても……義之くんもついに本校生か〜。感慨深いなぁ〜」

 しみじみとさくらが言う。

「この間、風見学園に入学したばかりだと思ってたのにもう本校だからね。このまま卒業まであっという間なんだろうな〜」
「ま、本校に進級したといっても通う場所は同じですからあまり進級したって感じがしないんですけどね」

 義之はそう言って笑った。付属と本校で制服が違う女子はまだ新鮮味があるのかもしれないが、同じ学ラン姿で同じ校舎に通う自分にとって付属も本校もあまり差はないように思える。「にゃはは、それもそうなんだけどね〜」とさくらもつられて笑う。

「あっ、そうだ。今日から本校生ってことで進級記念にお祝いをあげる」

 不意にさくらがそんなことを言い出し義之は困惑した。記念? お祝い? なんだろう、と思いながらさくらの顔を眺めていると、んっ、と上向きにした顔を、否、唇を突き出される。これは……と義之は呆れた。「お祝いってキスですか?」と言うとさくらはにゃは、と笑う。

「そーだよ♪ 愛情たっぷりのチューで彼氏の新しい門出を祝ってあげようと思って」

 新しい門出って、また大げさな、と思いながらも「さくらさん、そんなこと言って自分がキスしたいだけでしょう?」と義之は苦笑いした。さくらは笑顔のまま「それもあるね♪」と義之の言葉を肯定する。

「なんにせよ、しようよ〜、チュー♪ ……それとも義之くんは嫌?」
「嫌ってことはないですけど……」
「じゃあ、しよっ♪」

 純粋無垢な笑顔でさくらが言う。期待に胸をときめかせた、その笑顔を見ていると、逆らうことが何か、とんでもなく悪いことのように思えてくる。義之は辟易しつつも「わかりました」と頷いていた。「んっ……」とさくらがまぶたを閉じ再び唇を突き出し、義之はゆっくりとその唇に自らの唇を重ねていた。やわらかくて、あたたかい。キスの感触。ただ唇と唇を重ねているというだけなのに頭の中が沸騰しそうになる。充実感と幸福感。それらが脳裏を焦がす。うららかな春の陽気の中、義之とさくらの接吻を邪魔する者は誰もおらず―――、と思っていた。

「弟くん! おはよ〜、今日から新学期だね♪」
「兄さん、おはようございます」

 芳乃家の玄関前に二人分の気配と声が響く。キスに夢中になっていた義之は一瞬、それが何かを理解することができなかった。声の主二人は義之とさくらが何をやっているのかを理解すると呆然と硬直する。義之とさくらの方もハッとしてお互いに唇を離す。しかし、手遅れだった。

「お、弟くん……」
「兄さん……こんな朝っぱらから何をやっているんですか……」

 呆れ果てた目で見られる。義之は「あ、いや、その……」としどろもどろの声を出すだけで精一杯だった。音姫と由夢だ。新学期の始まりの朝、一緒に登校しようと思ってやってきたのだろうということは明白だった。もっとも、その場でこんな光景を、恋人二人の接吻を見せられる羽目になるなんて思ってもいなかっただろうことはその瞳の中にある呆れと驚愕を見ればわかった。義之が何も言えないでいると、にゃはは、とさくらの笑い声が響く。

「義之くんに進級祝いをあげてたんだよ♪」

 何ら恥じることない、その態度。「進級祝いって……」と音姫が絶句し、「キスがですか?」と由夢は呆れの声をもらす。「そーだよ♪」などとさくらはあくまで楽しげだ。呆れ果てて言葉も出ない、といった朝倉姉妹。何も言えないでいる義之。気まずい沈黙が場を支配し、その果てに義之は必死の思いで言葉を絞り出した。

「ま、まぁ、いいじゃないか。誰も見てないし……」

 自分の家の玄関前なんだから、これくらいいいだろう、と思っての言葉だった。しかし、

「ばっちり、わたしたちが見てますけど……」

 呆れた様子の由夢が言い、「うん」と音姫も頷く。

「いや、まぁ、そうだけど……」

 突き付けられた真実に義之としてはこう返すしかなかった。「お熱いことですね」と由夢が呆れ果てた皮肉を言い、「あはは……」と義之は誤魔化すように笑ったが、

「うん! ボクと義之くんはラブラブだからね!」

 さくらは由夢の言葉に対してそんな反応を返す。ニコニコ笑顔で。皮肉を皮肉として捉えない純粋無垢さ。こう返されてしまっては由夢の方もどう反応して良いのかわからないのか、困ったように瞳をパチクリとさせ、

「……ほんとにお熱いですね」

 と、言うのが精一杯だった。

「まぁ、でも、仲がいいのはたしかにいいことだよ」

 フォローするように音姫はそう言って笑う。その表情にもう呆れや驚きの色はなく純粋に家族の恋愛が順調なことを喜んでくれているようだった。

「たしかに下手に仲が悪くなったりして気まずくなるとこっちも困りますけど……それでも1月からずっとこの調子じゃ見ているこっちとしてはお腹いっぱいです。ラブラブっぷりはいいですけど、程々にしておいてくださいね?」

 由夢は相変わらず少し棘のある言い回しだったが、もうそれ以上、言うことは無いようだった。それだけ言うと踵を返し、学園への道を歩こうとする。音姫もそれに続き、義之もその後ろに続こうとして、「義之くん」と自分を呼び止めるさくらの声に足を止める。

「んっ……」

 振り向いて見れば、さくらは笑顔で自分の右手を差し出す。その手を義之は握った。手を繋いでの登校。気恥ずかしいが、これくらいなら、別にいいだろう。そう思い、二人して歩き出す。そんな義之とさくらを見て、音姫はニコニコと笑い、由夢もまたやれやれ……といった調子で肩をすくめつつも、笑みを浮かべる。なんだかんだでこの二人も自分とさくらさんを祝福してくれている。それを感じ取り、胸の中を春の陽気以上にあたたかい熱が満たすのを義之は感じた。「それじゃ、行こうか」とさくらが言うと芳乃・朝倉家の一同はそろって学園への道を歩き出した。



「おやおやおや〜、こんなところにラブラブカップル発見〜♪」

 風見学園に繋がる桜並木を歩き、バス通学組との合流地点に差し掛かったところだった。そんな楽しげな、からかうような声がかけられたのは。声の主が誰かは考えるまでもない。視界を向けてみれば案の定、真新しい本校制服を身にまとった豊満な胸の少女にゴスロリ調のリボンで髪を纏めた、やはり真新しい本校制服を身にまとった小柄な少女の姿。

「茜、それに杏か。おはよう」
「茜ちゃん、杏ちゃん、おはよう」

 義之とさくらの挨拶に続き、音姫と由夢も挨拶をする。茜と杏だった。挨拶を返してきた二人はニヤニヤと笑みを浮かべて、義之とさくらに、否、正確には義之とさくらを繋ぐ手と手に視線をそそいでいる。

「新学期の初っ端から手を繋いでのご登校とは……園長先生と義之、ラブラブね」
「だね〜♪」

 楽しげに笑い、義之とさくらの仲を冷やかす。からかいの対象にされていることに少し不服に思いながらも「これくらいいいだろ、別に」と義之は声を出す。

「俺とさくらさんは付き合ってるんだから」
「別に悪いことだなんて言ってないよ〜。仲がよくて結構なことで〜、って言ったんだよ」
「そういうことね」

 義之がひと睨みするも茜と杏は堪えた様子もなくそう言って笑う。

「流石。ムーンライトのバカップル御用達、ラブラブジャンボパフェを食べることを日課にしているカップルはやることが違うわ」
「ホントだね〜」
「いや、誰が日課にしてる、だ。事実を捏造するな」

 したり顔で根も葉もないことを述べる杏に抗議の声を出す。ムーンライトで『あのパフェ』を食べたのは最初の一回きりであれ以来、注文してもいなければ、食べてもいない。

「ムーンライトのラブラブジャンボパフェ……って?」

 そんな義之たちのやりとりを聞いていた音姫が不思議そうな声を出す。杏はニヤリと笑みを浮かべると、「バカップル御用達の一品です」と説明する。

「二股に分かれたストローをカップルでくわえこんで一緒に食べる……身も心もあま〜くなる代物です」
「それを食べるのを義之くんと芳乃さんは日課にしてるんだよね〜?」
「してないって。だから事実を捏造するな」

 杏の説明、そして、茜の事実無根の言葉に抗議する。

「兄さん……そんなものを……」
「弟くん……」
「いやだからしてないって! 二人とも杏や茜の言うことを真に受けないで!」

 呆れの視線をそそいできた朝倉姉妹に対し、義之は必死に弁明するもさくらが「ボクとしては日課にしたいくらいだけどね〜」なんてことを言い出してますますおさまりがつかなくなってしまった。

「ねっ、義之くん。今度デートした時、またあれ、食べようよ!」

 満面の笑顔でさくらはとんでもないことを言う。また食べる? アレを? 冗談ではない。「そ、それはちょっと……」と義之が言葉を濁すと、「えー、ダメなのー?」とさくらは露骨に不満そうな顔になる。

「あらあら、可哀想な園長先生。先生は義之との愛を堪能したいのに、当の義之がそれを拒むなんて」
「ひどいよね〜」
「ひどくないから!」

 義之は叫んだが、さくらの表情が悲しげに沈んでいるのを見て、「う……」と言葉に詰まった。ひどい、のか? 俺は……? 訳が分からないという気分になりながらも「あの、さくらさん?」と声をかける。

「むー」

 しかし、さくらは返事を寄越さず唇を一文字に結ぶと、不服です、と全身で訴えてくる。拗ねた子供のような態度。「あ、あの……さくらさん?」と恐る恐る義之が再び声をかけると、「ふーんだ」と怒ったような声が返ってくる。

「いいもん、いいもん。義之くんのボクへの愛はその程度のものだったんだね。同じパフェを二人で食べることもできない程度のものだったんだね」
「い、いや、そういう訳じゃないですけど……それでもあのパフェは……」
「そういう訳じゃない。ボクと一緒には食べられないんでしょ?」

 ダメだ。完全に拗ねている。周りを見渡せば音姫の心配そうな顔、カップルの痴話喧嘩なんて見てられませんといった風の由夢の呆れ顔、明らかに修羅場を楽しんでいる様子でほくそ笑む杏と茜。覚悟を決める、しかないのか? 義之は自問し、そして、「わかりましたよ」の声を絞り出していた。

「今度、デートした時に食べましょう。あのパフェ」

 その言葉を聞くとパァーッとさくらの表情が明るくなった。「ホント?」と天真爛漫な笑顔で問いかけてくる。「ホントですよ」と義之は声を返す。

「ふふ、よかったですね、園長先生」
「今度のデートの日付、教えて下さいね」
「いや、なんでお前らに教えなきゃならないんだよ?」

 義之が当然の疑問を口にすると、「え、だって」と茜がキョトンとした顔になる。そして、何をわかりきったことを訊いているのか、という風に「見学に行くからに決まってるじゃない」と言った。

「……それこそ、冗談じゃない」

 義之はため息をついた。またあのパフェを食べるところをこいつらに見られる。それだけは御免被りたい。

「俺はデートの時はさくらさんと二人の時間を堪能するって決めてるんだ。お邪魔虫についてこられてたまるか」
「……兄さん、今ちょっと恥ずかしいこと言ったってことに気付いてます?」

 由夢にクリティカルな突っ込みを入れられ「うぐ」と義之は言葉に詰まった。たしかに恥ずかしいことは言った気がする。だが、事実だ。さくらさんとデートする時は二人の時間を堪能したい。

「にゃはは、そうだね♪ ボクもデートの時は義之くんとの時間を大切にしたいかな♪」

 さくらが楽しげに笑って、義之の言葉に同意する。「熱々ね」「熱々ですな〜」などと杏と茜が囃し立てるがもう一々気にしてられなかった。

「義之くん……」
「さくらさん……」

 互いに愛しい人の名を呼び、顔を見る。それだけで二人の間に熱を帯びた空間が形成され、幸福感が胸を満たす。安心感と愛おしさを与えてくれて、見ているこっちを幸せな気分にしてくれるさくらさんの笑顔。幼さを秘めておきながらどこか大人びているという矛盾しているような要素が内包された微笑み。それはやっぱりとても魅力的で、さくらさんはやっぱり素敵な女性だ、と思う。何度見ても見飽きることのないその微笑みを眺めていると、自然と義之の口元も緩み、笑みの形になる。二人して笑顔で見つめ合う。そうしていると時間が過ぎ去るのさえ忘れられるのだ。繋いだ手の感触はあたたかく、たしかにここにあり、相手の存在を強く感じさせてくれる。その実感が、自分はこの人と繋がっているんだという気持ちを呼び起こし、相手の存在を感じることで自分の存在を強く感じる。そうだ、俺もさくらさんも、ここにいる。どちらかが欠けるなんてことはなく、たしかに、二人揃ってここにいることができている……。幸福に満ちた思考。自分は幸せ者だな、と思う。そんな幸福な思考は「完っ全に二人の世界に入っちゃってますね……」という由夢の呆れ声にかき消された。ハッとして、あたりを見渡す。音姫、由夢、杏、茜の四人が呆れているような、微笑ましいものを見るような顔で義之とさくらを見守っていた。

「公衆の面前にも関わらず二人だけの世界に入るとは……流石ね、義之」
「ものすご〜〜い、惚気っぷりですなぁ」

 杏と茜がニヤニヤ笑いをもらし、「あ、いや、これは……」と義之は必死で抗弁を試みるが、彼女らの言う通り、公衆の面前で二人だけの世界に入った自覚がある以上、それも無理なことだった。「あはは……まぁ、弟くんとさくらさんの仲がいいのはいいことだよ」と音姫は嬉しげに笑ってくれたが「それでわたしたちの存在をガン無視するのはどうかと思いますけど……」と由夢が意義を申し立てる。

「世界に存在するのが兄さんとさくらさんの二人だけっていうのならともかく、ここにはわたしたちもいるんですから」
「いや、すまん、悪かったって」

 頬をふくらませる妹に義之は平謝りする。しかし、たしかに由夢の言う通りだ。この世界にいるのは義之とさくらの二人だけじゃない。世界の否定を受けていた頃はそうだった。義之のことを認識できるのはさくらだけで、必然的に二人だけの世界になるしかなかった。だが、今は違う。どういう理屈かはわからないが、今は世界が義之の存在を肯定してくれている。義之とさくらの二人だけではない。二人の絆を中心に世界は広がり、音姫や由夢といった家族、杏や茜のような友達、みんなと繋がることができる。それは、素晴らしいことだ。

「全く。バカップルなんだから」
「見てるこっちが恥ずかしくなってくるよね〜」

 こんな風に杏や茜に茶々を入れられたりもするし、

「やれやれ……ま、イチャつくのはいいですけど、程々にしておいてくださいよ?」
「たまにはお姉ちゃんの方にもその愛を分けてくれると嬉しいな、弟くん」

 由夢や音姉に呆れられたりもするけれど、

「ははは……善処します」

 それが、世界に存在している。自分が世界と繋がっているということだ。義之は笑う。自然とみんな笑顔になっていた。義之は想い人に視線を向ける。そこにあるのは天真爛漫な笑み。見ていると安心するさくらさんの笑顔。視線に気付いたのか、さくらは義之の方を碧い瞳で見返すと「何かな?」と笑いかけてくる。義之もまた笑顔で、

「いえ、俺たちはずっと一緒ですよ。さくらさん」

 さくらは一瞬、キョトンとした顔をし、しかし、すぐに満面の笑みを浮かべると、

「うん! ずっと一緒だよ、義之くん」

 ぎゅっと。手を強く握られる。義之もまたしっかりと手を握り返す。繋いだ手と手。そのあたたかさを感じ取れば自然と心は安らぐ。義之とさくらは笑顔でお互いの想いを伝え合い、そんな二人をみんなが笑顔で見守る。
 やがて、誰ともなく学園に向かって歩き出す。今日は始業式。新しい年度の始まりの日だ。これまでも色んなことがあった。そして、これからも色んなことが義之たちを待っているのだろう。それを楽しみに思える自分もいて、はて、こんなに自分はプラス思考な人間だったかな、と不思議に思う。多分、さくらさんのおかげだろう、とあたりをつけた。この人がそばにいると、この人の笑顔を見ていると、なんでもうまくいきそうな気がしてくるのだ。義之もまたさくらと手は繋いだまま、歩幅を合わせ歩き出す。共に歩む未来に想いを馳せながら……。
 ひらり、はらり。
 あたたかい春の風に吹かれ、薄紅色の花が舞った。





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