「Wバースディ」








 そろそろ彼女と出逢ってから一年が経とうとしていた。
 朝、目を覚まし、自室のカレンダーをめくる。11月のカレンダーを剥がし、今年のカレンダーもついに最後の一枚。12月。師走である。ついこの間新年を迎えたばかりだと思っていたが月日が経つのは本当に早いものだ、と義之は思う。今年は特に色んなことがあった。昨年の暮に彼女と運命的な出逢いをし、今年の始め、1月にはそれまで自分が知らずにいたこと、この島の真実や、自分の保護者であるさくらさんの真実を知った。そして何より彼女と結ばれた。自分自身の存在の消滅という人生最大の危機も乗り越え、それから一年、あっという間だった。彼女と一緒にいる日々は毎日が楽しくて、春夏秋とあっという間に過ぎ去っていった。そして、そろそろ彼女と出逢ってから一年が経とうとしている。別段、普段から過ぎ去っていく月日に思いを馳せる趣味はないが、一年という節目を意識すると自然と感傷的にもなってしまう。本当に色んなことがあったなぁ。そこまで考えたところでハタと気付いた。そういえば、この一年。色んなことがあったが、あのイベントをやっていない。一年の中で一回、誰しもに必ず訪れるイベントだ。それをまだやっていない。そのことに気付いたのだ。義之はこれはどうしたことか、と考え込み、

「アイシアの誕生日って、いつなんだろうなぁ」

 思わず口に出してしまうのだった。



「はい。召し上がれ」

 その日の晩。いつものように学園に行き、放課後は秋から続けている商店街の喫茶店のバイトをこなし、買い物して家に帰ってきた後、隣家の音姫と一緒に作った晩餐をテーブルに並べる。義之の住む芳乃邸は居間が一階に複数あるが、その内、今使っているのは冬用の居間である。先日、コタツも出し、これから本場を迎える冬の寒さに対してすっかり対策はできている。

「わー、今日も美味しそう〜♪」

 テーブルに並んだ食事の数々に歓声を上げたのは一家の家主であるさくらだ。一年前の今頃は仕事や『枯れない桜』の管理に忙殺され、一緒に晩御飯を食べることも珍しかった彼女だが、今では帰ってくる時間も早くなり、休日に家にいないということも少なくなり、こうして一緒に食事をするのも珍しくなくなっていた。

「うんうん♪ 流石は義之くん。あたしの旦那様だよね〜」

 さくらの言葉に続いて最愛の人、アイシアもまた相好を崩す。今晩の料理は誰が義之と一緒に作るのか、いつものように揉めたようだったが、ジャンケン勝負に敗れ、しぶしぶ音姫にその役を譲った彼女だったが、今となっては後腐れなく、並んだ料理を素直に絶賛する。

「あはは、アイシアさん、私も作ったんですけどね」
「わかってるよ、音姫ちゃん。音姫ちゃんも相変わらず、すご〜い♪ でも、明日の晩御飯を義之くんと一緒に作るのはあたしだからね?」
「あはは、それはどうでしょうねえ?」

 アイシアと音姫は笑顔で笑いあいながら会話をしていたが、その実、お互いの間で激しい火花を散らしているのが義之には見えた。

「そうだよアイシア。明日の晩餐はボクが義之くんと一緒に作るんだから」
「な、なんでさくらまで出てくるのよ〜?」

 さくらの不意をつく言葉にアイシアが慌ててさくらを見る。

「ん〜、だってボクもたまには振る舞われる側じゃなくて振る舞う側になりたいし」
「ダメダメダメダメ! さくらは大人しく料理を振る舞われていたらいいの!」

 ブンブンブンブン、と首を横に振って拒否するアイシア。

「母親が息子と一緒に料理を作るって、凄く自然な光景だとボクは思うけど?」
「奥さんが旦那様と一緒に料理を作る方がもっと自然です♪」
「また奥さんとか言って話を飛躍させて〜」

 得意げに言い切ったアイシアにさくらはむ〜、と口をへの字に結ぶ。

「さくらさん、アイシアさん。二人共、勝手なことを言ってますけど、弟くんと一緒に料理をするのは私ですからね?」
「何言ってるの音姫ちゃん! だ〜か〜ら〜、それはあたしの役目だって言ってるでしょ!」
「にゃはは、そうだよ音姫ちゃん。それはボクの役目〜♪」
「さくらの役目でもない!」

 食事前だというのに芳乃家の居間は大混乱だった。それを横目で見ている由夢が呆れたと言わんばかりのため息をもらす。

「はぁ……。兄さん、これ、おさめてください。それが元凶の役目でしょ? 落ち着いてご飯も食べれないよ」
「俺が元凶かよ!?」

 由夢の理不尽な物言いに思わず自分を指差す。由夢はムスッとした顔になると、「……わたしも料理ができればなぁ……」などと小声で呟いた。

「なんか言ったか?」
「いーえ、別に。兄さんはモテモテでさぞいい気分でしょうねぇ、って言っただけです」
「いい気分ねえ……」

 勿論、自分を巡ってこうして女性陣が争ってくれることに嫌な気はしない。しかし、こう何度も繰り返されると辟易してしまうのも事実だった。

「やったぁ♪ あたしの勝ち〜♪ これで明日、義之くんと晩御飯を作る権利はあたしのもの〜♪」
「うう……負けちゃったよぉ」
「うにゅ〜」

 目を離している隙に義之と明日の夕食を作る権利はジャンケン勝負で決めることになったようだった。そして、どうやらアイシアが勝利したらしい。

「義之くん♪ あたしと一緒だよ♪ 夫婦のラブラブ料理、作ろうね♪」
「あはは……まぁ、話がまとまったならいいよ」

 ニコニコ笑顔のアイシアと苦い顔をしている音姫とさくらを前に苦笑いする。というか、そもそも今日の晩御飯を今から食べようとしているのに何故、明日の晩御飯の話になっているのだろうか。
 それから全員の「いただきます」が居間に響き渡り、楽しい晩餐の時間が流れる。気を見計らっていた義之は今がいいかな、と思ってさくらに声をかけた。

「さくらさん、ちょっといいですか?」
「んにゅ? 何かな、義之くん。お母さんにご飯を食べさせて欲しいのかな?」

 笑顔が返ってきたのはいいのだが、相変わらずとんでもないことを言う。すかさずアイシアのルビーの瞳がこちらを向く。

「え〜、ダメダメ〜。義之くんにご飯を食べさせてあげるのも奥さんであるあたしの権利なんだから〜」
「お、弟くん! そういうことはさくらさんじゃなくてお姉ちゃんに言って欲しいな」
「いや、誰も食べさせて欲しいとか言ってないから!」

 慌てて義之は大きな声を出す。

「ちょっとさくらさんに話があるから食事の後、時間を取って欲しいって思っただけだよ」

 「話?」とアイシア。「お話?」とさくら。「何の?」と音姫。あーもう、それを訊かれるか。訊かれるよな。訊かれたくないからこっそり耳打ちするようにさくらさんに声をかけたのに……。義之は辟易しつつも、「はい。話です」と続ける。

「ふぅん。それって、大事な話?」

 さくらは笑顔で問いかけてくる。

「まぁ、大事か大事じゃないかで言えば大事です」
「にゃはは。そっか。息子の大切な話、ボクでよければいくらでも聞かせてもらうよ♪」

 とりあえず話は纏まりそうだ。そう思った矢先、「義之くん!」とアイシアの大きな声が食卓に響く。

「さくらに大事な話って何よ〜! あたしには話せないことなの?」
「ん〜、そうだな。ごめん。アイシアにはちょっと話せないことだ」
「なっ!?」

 アイシアは愕然とした表情を浮かべる。

「奥さんであるあたしにも話せないことって何よ〜!」
「ご、ごめん」
「ごめんじゃな〜い!」

 思わず平謝りするもアイシアの気持ちが収まることはなく、そんなアイシアを挑発するようにさくらは「にゃはは」と笑う。

「そーだねー。そんなに大事な話なら、ここは一つ。親子水入らず、お風呂に入って話そっか♪」
「えっ」
「なっ!?」

 そして、とんでもないことを言い出す。義之としてはそんなつもりはなかったのだが、アイシアはみるみる内に不機嫌顔になっていく。

「義之くん! さくらと一緒にお風呂とか、どういうことよ!」
「い、いや、俺はそんなこと言ってないから!」
「義之くんは今晩、あたしと二人っきりでお風呂に入るんだからね!」
「アイシアさん……それは聞き捨てなりませんよ!」
「お、音姉まで入ってきた!?」

 結局、芳乃家の晩餐の時間はそのまま大混乱に陥ってしまうのだった。



「それで、話って何かな?」

 食後。混乱の陥った場をなんとかなだめ無事に食事を終え、食後の後片付けも終えた義之はさくらの部屋にやってきていた。そんな義之をさくらは笑顔で迎える。

「アイシアからボクに乗り換える気にでもなった?」
「なりませんよ……」
「うにゅ〜、そっか〜、残念〜」

 あまり残念でなさそうにさくらは笑う。

「まぁ、冗談はさておき、どういう要件なのかな?」
「それなんですけどね……アイシアのことです」
「うにゅにゅ……アイシアのことか〜」

 今度はちょっと残念そうにさくらは唇を尖らせた。

「アイシアのことならアイシアに直接訊いたら?」
「それも考えたんですけど……内緒にしておきたいことでして」
「ふ〜ん。で、具体的には?」

 先を促すさくらに「はい」と義之は応じてから話しだした。

「アイシアの誕生日、さくらさん、知りませんか?」

 義之の問いにさくらは碧い瞳をパチクリとさせ、そして、納得がいったという風に「ああ、そっか」と笑った。

「アイシアがこの家で暮らし始めてから……俺と出逢ってから、そろそろ一年になるじゃないですか。ですがその一年の間、色んなことがありましたけどアイシアの誕生日はなかったと思いまして」
「そーだねー。アイシアのお誕生日はなかったね」
「……で、ひょっとしたらそろそろアイシアの誕生日なんじゃないかと思ったんですけど……」
「うん。その読みは当たってるよ」

 さくらは人差し指を立て、自分の顎に当てる。

「アイシアの誕生日はねぇ……12月、今月の6日なんだ」
「12月6日、ですか?」
「うん。もうすぐだね♪」

 我が事のように楽しげに笑うさくら。なるほどね〜、と呟く。

「それはたしかにアイシアに内緒にしておきたい案件だね〜。こっそり準備しておいて盛大に祝っちゃおう♪」
「はい」
「アイシアにはボクの誕生日にロウソクケーキを出された恨みがあるからね〜。ここで晴らしておかないと……」
「や、やめてくださいよ……」

 ニヤニヤ笑いを浮かべるさくらに義之は苦笑いする。そう、三ヶ月前の9月4日。さくらの誕生日にアイシアは用意されたケーキにロウソクを挿しまくり「これでも足りないくらいだけどね〜」なんて笑いながらさくらに差し出したのだ。さくらはそれを根に持っているようだった。

「……本当、さくらさんやアイシアって何歳なんですか?」
「にゃはは、そ〜れ〜は〜、乙女の秘密です♪」

 まぁ、教えてくれないことはわかっていたけど。年齢不詳の自分の保護者の対応に義之は辟易した思いで息を吐いた。

「そーだねー、Wバースディってのも悪くないか……」
「ダブル? アイシアと誰のです?」
「え?」

 義之が訊くとさくらはキョトンとした顔になる。かと思えば笑顔を浮かべた。

「なーに言ってるの、君の誕生日に決まってるじゃない♪ 毎年、お祝いしていたでしょ? 時期も近いし、この際、一緒に祝っちゃおうよ♪」
「あ……」

 ハッとする。そういえばそうだ。12月8日は義之が朝倉家に来た日であり、誕生日の分からない義之は代わりに毎年その日にお祝いをしてもらっていた。

「毎年、俺が朝倉家にやってきた記念日ってことでお祝いしてもらってましたけど……俺が朝倉家に来た日ってことは……」
「そうだよ♪ 君はその日。12月8日にこの世界に生まれたんだ。正真正銘、君の誕生日って訳♪」
「なるほど……」

 自分自身の存在は目の前の彼女が『枯れない桜』に願ったことで生まれたものだ。それが12月8日の夜のこと。ならばたしかにアイシアと自分の誕生日は近い。一緒に祝ってしまうのも悪くない話だと思えた。

「そっか」

 想い人と自分の誕生日が二日違い。その事実を認識するとなんだか嬉しくなってくる。

「義之くんとアイシアの誕生日を一緒に祝うことに関しては音姫ちゃんにも伝えておくね。ご馳走を作るから楽しみにしててよ」
「そんな、悪いですよ。俺も作ります」

 義之が言うとさくらはチッチッチ、と人差し指を揺らした。

「ダメダメ。アイシアもだけど義之くんも祝われる側なんだから。当日の料理は素直にボクと音姫ちゃんに任せなさ〜い」
「そうですか……」

 義之としては自分も料理を作ってアイシアを祝いたいところだったのだが、こう言われてしまっては何も反論はできない。

「それじゃ、申し訳ないですけど当日はお任せしますね」
「にゃはは、任された〜♪」

 さくらは楽しげに笑う。義之としては後は懸念事項は一つだけだった。誕生日といえばかかせないものがある。そのことに関してだ。

「それでさくらさん。俺からアイシアへの誕生日プレゼントなんですけど……」
「ああ。お誕生日といえば、プレゼントは当然、かかせないよね」
「今のところ、何をプレゼントしていいのか皆目検討もつかなくて……当日までそう日もないですし、明日にでも一緒に選んでもらっていいですか?」
「うん♪ 万事オッケーだよ。一緒にお買い物に行こう♪」

 よっしゆっきくんと〜、おっ買い物〜、なんて言ってさくらは楽しげに笑う。自分と買い物に行くことがメインじゃなくて、アイシアの誕生日プレゼントを選ぶことがメインなんだけどな……と義之は苦笑いした。



 その翌日。冬場の太陽は早々に西の空に沈み、夜の帳が下りた午後6時。今日はバイトもなく、義之は芳乃邸の居間でコタツに入ってくつろいでいた。アイシアも一緒で夕食前の穏やかな雰囲気が流れる。そんな中、玄関が開く音がした。「たっだいま〜♪」と楽しげな声が響いたのはその直後だ。さくらはすぐに金髪を揺らし、居間に姿を見せた。

「おかえりなさい、さくらさん」
「さくら、おかえり」

 義之とアイシアはそんなさくらを迎える。

「ごめんね、遅くなっちゃって」
「いえ。まだまだ充分早いですよ」

 義之とさくらのやり取りをアイシアは不思議そうに眺め「何か約束あるの?」と首を傾げる。義之はギクリ、としながらも「ああ、まぁ」と曖昧に頷く。

「にゃはは、ボクと義之くんはこれからお買い物に行くんだ〜♪」

 からかうようなさくらの笑い声が響く。アイシアはすぐさま血相を変えた。

「な!? 義之くんとさくらがお買い物〜? 義之くん、どういうことよ!」
「どういうことも、こういうことも……まぁ、ちょっと買い物に行ってくるってことだ」
「もう6時も過ぎてるのよ〜? 晩御飯の買い物は学園帰りに済ませたんでしょ? 後はあたしと一緒に晩御飯を作るだけのハズじゃない?」

 アイシアの追求に対し、義之は曖昧に笑うしかなかった。しかし、さくらはそうではないらしく絶好の機会を手にしたとばかりにアイシアをからかうように笑う。

「だって晩御飯のお買い物なんかじゃないも〜ん♪ ボクと義之くんは親愛を深めるためにお買い物に行くの。所謂……デートってやつだね♪」
「で、で、で、デートぉ〜!?」

 アイシアの素っ頓狂な声が芳乃邸に響く。

「義之くん! どういうことよ! あたし以外の女の人とデートだなんて!」
「い、いや、違う! デートなんてことはない! さくらさんもいい加減なこと言わないで!」
「にゃはは、ごめんなさ〜い♪」

 全く、悪びれた様子もなくさくらは笑う。

「でもアイシア。普段からよく義之くんとお買い物に行くでしょ? たまにはボクが行ってもいいじゃない?」
「あたしは義之くんの恋人で、お嫁さんで、奥さんだから義之くんと一緒にお買い物に行くのは当然なことなの! 義之くんもどういうことよ! さくらからの買い物の誘いを受けるなんて……」
「いや、誘ったのは俺の方からなんだが……」
「!?」

 アイシアがルビーの瞳を見開く。直後、義之のもとにやってきたかと思えばポカポカと義之の胸にパンチを繰り出してきた。

「こ、このっ! このっ! う、浮気者〜! あたし以外の女性を買い物に誘うなんて〜!」
「アイシア、痛い! 痛いって!」

 ポカポカパンチはあまり痛くはないのだが、とりあえずそう言う。そんなアイシアや義之の様子を見て、さくらは楽しげに笑う。

「にゃはは。とにかく、ボクと義之くんはこれからお買い物に行くの。親子水入らずの時間を過ごすのです。アイシアは大人しくお留守番してなよ♪」
「うう、そんな〜!」

 アイシアは泣きそうな顔になる。「これもアイシアのためなんだよ」と義之はそんなアイシアに声をかけた。

「さくらと一緒に買い物に行くのがどうしてあたしのためになるのよ……」
「とにかく、浮気なんかじゃないって。俺の心はいつでもアイシア一筋だ」
「う〜」

 アイシアは依然、不服そうな態度を崩さない。どうしたらいいものか。義之は少し悩み、そして、

「んっ」

 不意打ちでアイシアの頬に唇で触れた。「な!」とアイシアの驚きの声。「うわ〜」とさくらも目を丸くする。

「よ、義之くん……!」
「これでわかってくれたか? 俺がアイシア一筋だってこと」
「う、うん!」

 アイシアはそれまでの不服そうな態度から一変、嬉しげに笑う。

「とにかく、この買い物はアイシアのための買い物だ。信じて待っていてくれないかな?」
「わ、わかった! あたしは義之くんを信じる! 亭主の帰りを待つのも奥さんの使命だもんね♪」

 アイシアはそう言って笑うと、「あ、で、でも……」と口ごもった。

「何だ? まだ何か不満か?」
「うん。お買い物に行くのはいいんだけど……義之くんがさくらに誘惑されないようにおまじないをさせて……」
「おまじない?」

 義之が首を傾げると、チュッと音。アイシアの唇が義之の頬に触れていた。「うわ〜」と再びさくらが声をあげる。義之も先程、自分がしたことをやり返されただけとはいえ呆然とした表情になってアイシアを見つめる。

「えへへ……おまじない……効いた?」
「あ、ああ……すごく」

 義之は曖昧に頷く。

「それじゃあ、義之くん、さくら。気をつけて行ってらっしゃい。義之くんはあたしと一緒に今日の晩御飯を作るんだから、あまり遅くならないでよ?」
「ん、わかった。行ってくる」

 笑顔のアイシアに義之はそう言って、さくらの方を見た。さくらは何かを考え込んでいるような表情で、

「……目の前で息子が女の子といちゃついているのを見せられた母親はどんな反応をすればいいんだろう……」

 そんなことをぶつぶつと呟いていた。



 師走に入った商店街は早くもクリスマスを意識した飾り立てに彩られていた。ジングルベルのメロディが流れ、立ち並ぶ商店の窓などにはクリスマスのイルミネーションが目立つ。日が沈んだ後ではあるが、商店の明かりに照らされた人通りはそこそこ多く、そんな中を義之はさくらと共に色んなお店を物色して歩いていた。

「ん〜」

 義之の唸り声を聞き、さくらが「どうしたの?」と碧い瞳を向けてくる。

「いや、意気込んで出てきたはいいんですけど、何をプレゼントすればいいのか……」
「あはは、そういうことか」

 義之としては真剣な悩みなのだが、さくらは楽しげに笑う。

「まぁ極論を言ってしまえば何をプレゼントしてもいいんだけどね。そこに義之くんの気持ちがこもってさえいれば」
「それはそうかもしれないですけどね……アクセサリーとかをプレゼントしても趣味が悪いとか思われないかと思うと心配で……」
「アイシアは義之くんが選んでくれたものならそんなこと思わないよ」

 ニコニコ笑顔。ある意味、自分以上にアイシアのことを信頼している様子が伝わってきて、アイシアの彼氏としては所在ない思いになる。相変わらず悩んでいる義之を見かねてか「あ、そうだ」とさくらが声を出す。

「いっそ下着とかプレゼントするのはどう? 日用品で役にも立つし」
「勘弁してください……」

 冗談で言っているのか、本気で言っているのかはかりかねる。男性が女性に下着をプレゼントすることもあるというのは知識では知っているが自分がそれをやると考えると恥ずかしすぎる。なんだか下心丸見えのような気がするし。そう思ってしまうのも偏見で案外、気にしないものなのかもしれないが。

「じゃあ、服とかは?」
「服ですか……いいかもしれないですけど、やっぱり日常で着る物をプレゼントとなるとセンスが強く問われそうで……趣味にあわない服をプレゼントされても困るだけでしょうし……」
「それじゃあ、やっぱりアクセサリーの類が無難かな?」
「そうですね」

 さくらの言葉に義之は頷き、一件のアクセサリーショップに入った。「いらっしゃいませ」という店員の声に迎えられ、色々と物色して回る。店外に並んでいるようなセール品の類は流石に論外だ。別にプレゼントは高価でなければならないということはないと思うが、それでも気持ちの度合いと男の甲斐性の問題だ。こういう時はバイトを始めてよかった、と思う。少なくとも財布の中身を気にして選択肢がせばまるということはない。かといってあまり高価な物をプレゼントしてもそれはそれで困るだろう。そこそこ程度の値段のアクセサリーが並んでいるコーナーに行き、色々と見てみる。さくらは義之の方からヘルプが出ればアドバイスなりなんなりをする気のようだったが、義之が選んでいる内は口を出さないというスタンスのようだった。あまり自分が口を出しすぎるのもダメだとわきまえているのだろう。

「あ……」

 多種多様なアクセサリーの中で一つ、関心を惹かれた物があった。それは首にかけるペンダントだった。オーソドックスな銀色のペンダント。だが、目を惹かれたのはある一点だ。

「それが気になるの……あっ」

 さくらが義之の手元を覗き込むようにし、そして、納得顔になる。「なるほどね〜」と笑う。
 そこには二匹のトナカイに引かれたソリに乗るサンタクロースの意匠が施されていた。
 半ばこれにすると決めた義之だったが一応、さくらの意見を伺ってみることにした。

「これ、どうでしょうか?」
「うんうん。いいんじゃない? サンタクロースにプレゼントするにはうってつけだと思うよ。装飾過多って訳でもないしね。お値段もいい具合じゃないかな?」

 さくらは笑顔でそんな義之の背中を押してくれた。
 早速、レジに行って購入し、プレゼント用のラッピングをしてもらう。雪の結晶の意匠が施された緑の包み紙に赤のリボンというオーソドックスな、それでも、クリスマスシーズンにはピッタリなラッピングに満足し、店を出る。

「後はこれを当日に渡すだけですね」
「そうだね。いいプレゼントだと思うよ」
「あっ、そうだ。ケーキとかは……」
「それはボクに任せてよ」

 義之の言葉にさくらは笑う。

「ケーキや料理の類はボクや音姫ちゃんに任せて。なんたって義之くんのバースディを祝う席でもあるんだからね。君にそこまでさせられないよ」

 義之としてはそれはそれで気が引けるものがあったのだが、こう言ってくれているのだ。自分が下手に手を出そうとするのもそれはそれで相手の気持ちを無下にする行為だろうと思い義之は「わかりました」と頷いた。

「すみませんけど、お願いしますね」
「にゃはは、謝ることなんてないのにな〜。それじゃ、帰ろっか。アイシアもきっと待ちくたびれてるよ」
「そうですね」

 一緒に晩御飯を作る約束をしているのだ。普段より少し遅めの夕食になってしまったが、約束は果たさないとならない。

「義之くんとアイシアが作る晩御飯、楽しみにしてるね♪」
「ええ。期待しててください。誕生日当日に腕を振るえない分、ここで存分に腕を振るわせてもらいますよ」
「にゃはは、気にしないでいいって言ってるのに〜」

 義之が笑顔で答えるとさくらもまた笑みを返すのだった。



 そして迎えた12月6日。

「お疲れ様でした〜」

 今日も今日とてバイトを終えた義之とアイシアはバイト先の喫茶店から出てくるところだった。

「義之くん、今日も疲れたね」
「ああ。まぁ、これで後は帰るだけだ」

 予定では義之たちがバイトをしている間に家の方でさくらたちが誕生日パーティーの準備を整えてくれることになっている。「今、バイト終わりました」とさくらにメールをすると返信はすぐに来た。内容は「まだパーティーの準備中。どこかで時間を潰してから帰ってきて」というものだった。そんな企ても知らないアイシアは笑顔で「それじゃ、帰ろっか」などと言ってくる。

「今晩はさくらと音姫ちゃんがご飯を作ってくれるんだったよね」
「ああ、それなんだけどアイシア」
「ん、何?」

 まぁ、ストレートに帰らずどこかに寄ってから帰ろうという申し出はそこまで不自然でも言いにくいものでもない。義之は素直に告げることにした。

「今日はちょっと真っ直ぐには帰らず、寄り道していかないか? なんかそういう気分なんだ」
「あ、義之くん。それってあたしをデートに誘ってる〜?」
「ま、まぁ、そういうことだな」

 ニヤニヤ顔になったアイシアに頷く。「いいよっ」と弾んだ声が返ってきたのはすぐ後だった。

「家に帰ったらさくらや音姫ちゃんと義之くんの取り合いだからね。二人っきりの時間は大切にしないと♪」

 そう言うとアイシアは小さな体を義之に引っ付けてくる。自らの腕を義之の腕に絡ませ、デートの基本スタイルを整える。師走に入り、日も沈んだ後の外は寒かったが、自分にくっついてくるアイシアの体はあたたかく、人のぬくもりを感じられて、悪い気はしない。義之もまたアイシアの体に自分の体をくっつけるようにする。アイシアの口元が綻ぶ。そうして、二人してあたためあう。

「寒い冬でも、二人一緒ならあったかいね♪」
「ああ、そうだな」

 満足そうなアイシアの顔を見ていると義之の口元にも自然と笑みが浮かぶのだった。



 そうしてしばらく二人きりの時間を過ごし、さくらからパーティーの準備が完了したとのメールを受けてもしばらくあちこちをぶらつき、義之とアイシアは芳乃邸に帰ってきた。ただいま、と言いながら玄関に入る。
 居間では今頃パーティーの準備が完了していることだろう。豪勢な料理の数々にケーキ。そして、自分たちの生誕を祝ってくれる家族たちが待っている。そんなことを思えば自然と口元も綻ぶ。アイシアはどんな反応をするだろう? と思う。喜んでくれるだろうか? いや、喜んでくれるに決まっているか。そんな義之をアイシアは不思議そうな目で見る。

「義之くん、どうしたの? さっきからニヤニヤして……」
「え? いや、なんでもないよ」
「そう?」

 アイシアはいぶかしんでいる様子だったがそれ以上追求してくることはなかった。そして、二人して廊下を歩き居間に入る。そんな義之とアイシアを、

「お誕生日おめでとう!」

 さくらたちの祝福の言葉が出迎えた。さくら、音姫、由夢、と家族はみんな揃っている。想像の通り、机の上には豪勢な料理の数々が並び、その中央には大きなケーキもある。アイシアはルビーの瞳を丸くして呆然としていたが、ややあって、

「え、え、え? お誕生日……? あーーっ!」

 この状況がどういう状況なのかを理解したのか、声を上げた。「そ、そういえば……」と呟く。

「今日は12月6日……あたしの、誕生日だ……」
「そうだよ。誕生日おめでとう、アイシア」

 義之もまた祝福の言葉を述べる。

「み、みんなして、そんな……あたしを祝ってくれようと……?」
「にゃはは、お誕生日おめでとう。アイシア」

 さくらの笑顔が困惑顔のアイシアに向けられる。アイシアは相変わらず困惑している
様子だったが、「あ、ありがとう……」と感謝の言葉を述べた。次いで、「あ、あれ……?」と困惑の声をもらす。見ればアイシアの瞳からは涙がこぼれていた。

「ど、どうしたんだろう、あたし……嬉しい、はずなのに……なんだか涙が……う、嬉し泣き、嬉し泣きだから!」

 ポロポロと涙をこぼしながらアイシアは言う。

「誰かに誕生日を祝ってもらうなんて随分、久しぶりのことだったから……ちょっと困惑しちゃって……あ、でも、驚いたのと嬉しいってだけで……別に嫌に思ったりしている訳じゃ……」
「あはは、わかってますよ。アイシアさん」
「お誕生日おめでとうございます。アイシアさん、それに、兄さんも」

 音姫と由夢のやさしい言葉に「うん、うん」と頷いていたアイシアだったが、すぐに「え?」と声をもらした。

「義之くんも今日が誕生日なの?」
「いや、俺は正確には明後日。12月8日が誕生日だ」
「二日違いだからね。どうせならアイシアと義之くんを一緒に祝ってあげようと思って」

 さくらの説明に「そっか」と頷いたアイシアはもう泣き顔ではなかった。涙の後の残る目を細め、笑みを浮かべる。

「ありがとう。あたしの誕生日を祝ってくれて……義之くんも誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとう」

 アイシアの祝福の言葉に義之もまた頷く。「それにしても豪華な料理ですねえ」と義之は机の上を見渡し呟く。

「アイシアさんと弟くんの誕生日だからね♪ お姉ちゃん、張り切っちゃった」
「日頃のお礼もかねて、ね。ささっ、早速座って、座って。みんなで食べようよ♪」

 音姫とさくらが笑顔で言う。「あ、その前に」と義之は鞄の中をあさった。中にはラッピングされたアイシアへのプレゼントが入っている。

「これ、俺からの誕生日プレゼントだ」
「え……」

 アイシアは再び目を丸くする。しかし、すぐ後には歓喜の表情を浮かべ「あ、ありがとう……」と呟いた。

「開けていい?」
「勿論」

 アイシアがラッピングをほどき、中を見る。途端、「うわあ」と笑みがアイシアの顔に広がった。

「サンタクロースの、ペンダント……」
「ああ。アイシアはサンタクロースなんだろ? ぴったりだと思ったんだけど……喜んで、くれたかな?」

 それが少し不安なところだった。これなら喜んでくれると自信を持って選んだプレゼントではあるが、果たして。だが、そんな義之の不安は杞憂に終わった。「勿論だよ」というアイシアの笑顔が返ってきたからだ。直後にアイシアはハッとしたような顔になる。

「あ、あたしからは義之くんのプレゼントは用意してなくて……ごめん。誕生日なんて知らなかったから……」
「あはは、別にいいよ」

 申し訳無さそうな顔になったアイシアに笑みを返す。

「アイシアには普段からプレゼントを貰ってるようなものだからな。アイシアがそばにいてくれるだけで、俺は満足なんだ」

 義之の言葉にも、しかし、アイシアは納得がいってないようだった。「うわ〜、ナチュラルにのろけましたね〜」などと由夢が茶々を入れる。アイシアはしばらく考え込んでいる様子だったが「そ、そうだ!」と声を上げた。

「あたしの魔法……プレゼントを作る魔法……これで義之くんへのプレゼントを作る!」
「え、でも……」

 義之は言葉に詰まる。その魔法はたしか使えなくなってしまったはずだ。そんな義之の思いが顔に出ていたのか、「大丈夫」とアイシアは笑う。

「あたしの義之くんへの愛の力があるから、きっと上手くいく。今回限りで魔法を成功させてみせる」

 そう言い切りアイシアは右手を広げた。

「え〜い!」

 可愛らしい掛け声が響く。直後、アイシアの右手には木製の玩具が出現していた。馬、だろうか? 「で、できた……」とアイシアが呟く。「す、凄いな……アイシア」と義之も驚愕の言葉を述べるしかなかった。

「これこそがあたしの義之くんへの愛の力!」

 アイシアは自慢げに笑うと義之に玩具を差し出す。

「はい。トナカイさんの玩具。以前、義之くんがあたしから買ってくれたトナカイさんはオスでこの子はメス。あたしと義之くんと同じ。夫婦さんだから一緒に飾ってあげて」
「ああ……ありがとう、アイシア」

 義之はそのプレゼントを受け取る。感無量。そんな気分に水を差すように「トナカイ……?」と疑問の声をもらしたのは由夢だった。

「ただの馬にしか見えませんけど……」
「う、うん、私も……」

 由夢と音姫にそう言われて「トナカイです!」とアイシアは怒ったような口調になる。

「義之くんはトナカイに見えるよね?」
「あ、ああ……」
「なんでそこで言葉に詰まるのよ〜」

 プンスカ、という風にアイシアは口をへの字に結ぶ。「まぁまぁ」とさくらがその場をなだめる声を出す。

「作った本人がこう言ってるんだからトナカイさんなんだよ。それよりも、さ、座って、座って。もう一回、お祝いするんだから」

 そう言ってさくらは席に着くよう勧める。断る理由もなく、義之とアイシアは並んで座った。

「アイシア、義之くん。お誕生日、おめでとう!」
「おめでとう!」
「おめでとうございます。兄さん、アイシアさん」

 家族たちの祝福の声に包まれて、義之の胸の中にあったかいものが溢れる。横を見ればアイシアもまたそうなのだろう。幸せそうな笑みを浮かべて、祝福の言葉を受け取っているようだった。

「うん! ありがとう、みんな! 義之くん! 義之くんも誕生日おめでとう!」
「ああ。アイシア、改めて誕生日おめでとう。ありがとうございます。さくらさん、音姉、由夢。アイシア!」

 幸せが部屋の中に満ちていく。冬の寒さも吹き飛ばす勢いであったかい思いが部屋を包む。アイシアと義之の誕生日は幸せに満ちた祝福の時間となるのだった。



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