「第四話 台本完成」





「……て…………ん」

 声が聞こえる。体がゆさぶられる感覚。

「……きて…………くん」

 やさしい声。そう、それはまるで母親が幼子にかけるようなやさしい声。
 体がゆさぶられる感覚も続いているが、その感触もやさしい。

「……起きて……ゆきくん」

 繰り返しかけられる声に次第に意識が睡眠中のぼんやりとした形をもたないものから、はっきりと明瞭とした形を持ったものに変わっていく。

「起きて、義之くん」

 その言葉をはっきりと聞き取ることができた。その声の主が誰かもはっきりとわかった。
 「これで起きるかな」という声と共にばさり、と音。それまで義之の体がかぶっていたものが無理矢理にはぎ取られたような感覚。
 この声、気配はさくらさんに違いない。義之が閉じられたまぶたをゆっくりと開こうとした時だった。

「……うーん、起きないなら、こうだっ!」

 何か子供がイタズラを思いついたような声がしたかと思えば、先ほどまですぐそばにあった気配が離れる。しかし、たたた、と駆けるような音と共にすぐに気配は近付いてきて、

「どっかーん!!」
「ぐえっ!?」

 腹部に衝撃。それで体に残っていた眠気もまとめて一気に吹き飛んだ。義之は思わず苦悶の声をもらし、慌てて瞳を見開く。そこには、

「にゃはは。グッモーニング、義之くん♪」

 義之のお腹の上に馬乗りになって満面の笑みを浮かべるさくらの姿があった。
 それまで体に被っていた布団はどうやらはぎ取られてしまったようで、ストレートにさくらの体が義之の体と接している。

「さ、さくらさん……どうして……」
「うにゃ。挨拶がないぞ?」
「え、あ、ああ、はい……おはようございます」
「うん。おはよう。今日もいい天気だよ、また暑い日になりそうだね」

 部屋の中にいるのにじりじりとした熱気を感じる。窓からはぎらぎらとした陽光が差し込んでいる。たしかに今日も恨めしい程にいい天気のようだ、彼女の言うとおりさぞ暑い日になるだろう……と、そうではない。天候・気候のことは大事だが、今、問題なのはそんなことではない。

「なんで上に乗ってるんですか?」

 義之は改めて視界をさくらの方に据え直すと一番の疑問を口にした。
 さくらはうーん、と人差し指を口許に当てて、少しだけ考え込むようなしぐさを見せたかと思えばすぐに元通りの天真爛漫な笑みを浮かべた。

「だって、義之くん。なかなか起きないんだもん」
「だからって上に乗ることはないと思いますが……」
「え〜、なんで〜?」

 ボク、何か変なことした? とでも言いたげなさくらの態度。義之の認識では他人を起こすのにその人の体の上に乗るのは充分変なことなのだが、さくらにとっての認識は違うようだった。

「……まぁ、いいですよ、さくらさんにとってはこれが普通、ってことなんですね」
「にゃははっ、そういうことだね。これもボクなりの愛情表現だよ♪」

 義之がそう言うとさくらは楽しげに笑った。

「それにしても義之くん、本当におっきくなったねぇ……最初はボクよりもちっちゃかったのに、今はボクが上に乗っても大丈夫だなんて……」

 唐突にさくらは感慨深そうにそんなことを言い出したかと思えば、義之の胸元をぺたぺたと手で触ってくる。

「もうすっかり大人の体だね♪」

 その感触がくすぐったくて、恥ずかしくて、「変なことしてないで、さっさと降りてください」と義之は照れ隠しを多分に含んだ素っ気ない声を出した。

「え〜」
「なんで『え〜』なんですか!」
「だって〜」

 義之を起こすために上に飛び乗って、結果、義之は起きたのだからもうこれ以上、この体勢を続けている必要はないはずだ。しかし、さくらは渋る。

「重いんですが」
「うわっ、レディーに向かって重いなんて! 義之くん酷いよ〜」
「そう言われましても……」

 小柄な体躯とはいえそれでも人間一人が上に乗っているのだ。重いものは重い。

「今はもうちょっとだけこうやって義之くんを独り占めしていたい気分なんだ♪」
「はぁ……」

 満足そうな笑顔を浮かべるさくらを前に困惑する。そう言われてもこの体勢を続けられれば義之としては着替えも何もできないのだが。

「…………」
「…………」

 そう遠くない距離でお互いがお互いの瞳を見つめ合う。沈黙。けれどもそれは決して嫌なものではなくて、どことなく不思議な感じの、穏やかな雰囲気が義之とさくらの間に流れる。
 そんな空気の中、「ねぇ、義之くん」とさくらは何気なく口を開いたかと思えば、

「ボクにもおはようのちゅーしてよ」

 とんでもないことを言った。

「ぶっ、な、な……何を! いきなり何を言い出すんですか!!」
「え〜」

 慌てふためく義之に対し、さくらはどうしてそんなに慌てているのかわからない、とでも言いたげなきょとんとした表情を返す。

「だって義之くん。毎日毎朝欠かすことなくアイシアとおはようのちゅーしてるじゃない」
「そ、それは、まぁ……そうですが」
「だからたまにはボクも義之くんとちゅーしたいなぁ、って思って」

 だめ? と碧い瞳が聞いてくる。
 たしかにアイシアとは毎朝欠かさずにキスをしている。しかし、それは彼女が義之にとって特別な人だからだ。勿論、さくらだって義之にとって特別な人だ。だが、アイシアは恋人なのに対してさくらは家族……母親だ。恋人にできることを母親にできるか、と聞かれれば答えはノーだ。
 しかし、こうも好意を前面に押し出してきている人にそれはできないとハッキリ告げるのは正直、気が引ける。どう言えばいいものか、義之が頭を悩ませていた時、

「義之くん! おっはよー! 朝だよー!」
「弟くーん、お姉ちゃんが起こしに来てあげたよ〜! おはよ〜」

 扉が開いたかと思えばアイシアと音姫の二人が勢いよく部屋の中に入ってきて、そして、今の義之の状況を視界におさめると共に二人そろってかたまった。ぴしり、と。場が凍り付く音が聞こえた気がした。

「あ。アイシアに音姫ちゃん。グッモーニング♪」

 そんな中で一人だけ場の空気に飲まれず、気楽そうな笑顔を浮かべ、さくらは手を振る。無論、その小さな体は義之の上にまたがったままで。
 さくらの気軽な挨拶に対して、同じように気軽な挨拶を返すものはいなかった。沈黙。それは先ほどのような穏やかな沈黙とは違い、じりじりと夏の暑さのごとく心身に負担をかける気まずい沈黙。義之とさくらの姿を前に、アイシアと音姫はしばらくの間、呆然とその様子を眺めていたが、やがて、

「グッモーニング……じゃないわよ! さーくーらー! 朝っぱらからあたしの義之くんに何してるのよ〜〜〜!!」
「さくらさん、ずるいです! 弟くんは私が起こそうと思っていたのに! しかもそんな風に弟くんと接するなんて!!」

 二人の大声が朝の芳乃邸に響き渡った。


「まったく。さくらもさくらだけど義之くんも義之くんだよ。デレデレしちゃって」
「そんなデレデレなんかしてないって」
「ううん。してたよ」

 場所を移して一階の居間。アイシアは未だに怒りがおさまらないようだった。頬を不満げに膨らませて、義之に対してそっぽを向いている。

「やれやれ、今日もこんな朝っぱらから……兄さんは本当に仕方がないですね」
「だから俺に言わないでくれ……」

 由夢の冷たい一言にがくりとこうべを垂れる。
 あれから音姫に少し遅れて芳乃邸にやってきた由夢だが、早速何かがあったということを把握したらしくその態度は冷たい。朝っぱらから早速やらかしましたか、と呆れを通り越して諦めの境地にすら至っているように見えた。
 しかし、こうも自分だけに責任があるように言われるのは納得がいかない。義之がさくらの方に視線を向けると、

「うにゃ? どうしたの、義之くん」
「……いえ」

 天真爛漫な笑顔が返ってくる。この笑顔を前に責任を追及するというのも無理な話だった。最も、アイシアや由夢に言わせればそういうところがいけないのかもしれないが。

「全く。義之くんの寝顔、楽しみにしてたのに。さくらが先に起こしちゃったせいで見られずじまいじゃない」
「にゃはは、ごめんごめん」

 アイシアが拗ねるように言った言葉に何ら悪びれた様子はなくさくらは笑った。

「すっごく可愛い寝顔だったよ♪」
「うう……羨ましい。あたしも見たかったな〜」
「そうですね、私も弟くんの寝顔、見たかったかな〜」

 その時、台所の方からエプロン姿の音姫が居間に顔を出した。

「あ、音姉。料理もうできたのか?」
「うん! 完成したよ〜」

 姉は得意げに笑う。今日の朝ご飯の担当は音姫だった。義之としては昨日、帰ってきたばかりである姉の身を気遣って、自分で作るつもりだったのだが、姉が昨夜の晩餐のお礼に今日の朝食は自分に作らせてほしいと申し出てきたのである。やる気満々な姉の姿に義之は断ることができず、そのお言葉に甘えることにした次第だ。
 久しぶりに食べる姉の料理。姉の料理の腕前は折り紙付きである。これは今日の朝食は期待できそうだ、と義之は期待感に胸を膨らませた。

「んじゃ、並べるの手伝うよ」
「あ、ボクもボクも〜」

 料理は完成したとの姉の言葉に義之たちは立ち上がり、台所まで赴く。綺麗に盛りつけられたお皿を各自、手にし、居間の机の上に運んでいく。由夢も「かったるい」などと言うことはなく、しっかり手伝ってくれた。そんな妹の様子を見ながら、かったるい病からの脱却は順調のようだ、と義之は内心で思う。

「お姉ちゃんから弟くんへの愛情がたっぷりつまってるからきっと美味しいと思うな」

 机に並べられた料理群を見ながら姉が得意げにそう言って胸を張る。「兄さん限定ですか」と由夢が苦笑いして突っ込むと慌てて「もちろん由夢ちゃんたちみんなへの愛情もこもっているよ」と言い、その慌てぶりが場の笑いを誘った。

「それじゃあ、みんな、手をあわせて……」

 いただきます。その場にいた全員の声が重なった。



「美味しかった〜♪」

 食後。さくらは心の底から満足した顔でそう言った。

「やっぱり音姫ちゃんの料理は天下一品だね。すっごく美味しかったよ」

 べた褒めである。笑顔で料理の出来映えを絶賛するさくらを前に音姫は謙遜した様子で「お口にあったようで何よりです」と笑った。

(うーん、流石は音姉……としかいいようがないな)

 そのべた褒め・絶賛の理由は義之にもわかった。今日の朝ご飯の出来映えは素晴らしいもので義之としても『美味い』という他なかった。

「すっごく美味しかった……でも、ちょっと複雑な気分かも……」
「……アイシアさんに同意です。やっぱりお姉ちゃんは凄いなぁ……」

 アイシアと由夢が複雑そうな表情をしていた。それは、数日前、アイシアの料理を口にした際の由夢の反応と同じだろう。

「わたしじゃとてもかなわないや」

 由夢の声音には賞賛と憧れと諦観の念が入り交じっていた。
 その気持ちは義之にもなんとなくわかった。姉、音姫の非の打ち所がない料理の腕前。それを超えることは義之にとっても大きな目標でもある。
 そんな二人に対して「そんなにたいしたことないよ〜」と姉は謙遜して笑っていた。

「由夢ちゃんだって料理始めたんでしょ? 昨夜のご飯すっごく美味しかったし」
「あ、あれは兄さんやアイシアさんに手伝って作ってもらった……っていうかわたしはちょっとした手伝いをしただけでメインはあくまで兄さんとアイシアさんで作ってたし……」
「そうなの? でも、お姉ちゃんは由夢ちゃんならすぐに料理、上手くなると思うな」

 音姫が穏やかな笑みをたたえて言う。

「それじゃあ、今度は由夢ちゃん一人で作ったお料理も食べさせてね♪」
「……でも、私の料理なんてお姉ちゃんはおろか兄さんやアイシアさん、さくらさんにもまだまだ遠く及ばないよ」

 ちょっと拗ねたような仕草を見せた妹に対し、それでもいいよ、と姉はやさしく笑う。

「由夢ちゃんの思いがこもった料理ならきっと美味しいに違いないって思うし。私は食べてみたいって思うな」
「う、うん。わかった……それじゃあ機会があったらわたしの料理食べてね、お姉ちゃん」
「うん♪ 由夢ちゃんのお料理、楽しみにしてるね」

 全てを包み込むような姉の包容力も相変わらずのようだった。この姉の前では普段は難儀な妹もひねくれ者ではいられなくなる。そして、由夢が姉に対して自分の料理を食べてほしいと言ったことに義之は少なからず驚きを覚えていた。
 これまでも何回か、由夢が料理を始めた後、すなわち音姫が初音島を離れた後、長期休暇を利用して音姫が帰ってくる機会はあった。しかし、これまでは由夢はまだ自分の料理の腕に自信がもてなかったらしくその腕を音姫の前でふるうことはなかったのだ。
 しかし、今回はそれをするという。姉に自分一人で作った料理を食べてもらいたい。それはつまり由夢が自分の料理を人様に食べさせられるレベルのものになったと自分で認識したということで、それは客観的に見ても間違いはないと思う。
 二人の会話を聞きながら、ちょっとだけ不安だけど今日の昼食か夕食は由夢に任せるかな、ということを密かに思う義之だった。



 結局、昼食は由夢に任せることにした。
 姉に自分の修練の成果を披露したがっている由夢に義之が気をつかったこともあるが、由夢本人が「わたしに料理をさせてください」と言い出したのだ。元よりそのつもりだった義之や朝の会話でなんとなく由夢の気持ちを――姉に自分の料理を披露したいと思っている気持ちを理解しているアイシアやさくらもそれを拒む理由などなく、本日の昼食は全面的に由夢に任せることになった。手伝おうか、と一応、義之は提案したもののやはり断られてしまった。自分一人で作った料理を姉に見せたい、ということだろう。
 そうして出来上がった料理は格別に凄い、ということはなくところどころに粗も見え隠れしたものの総合すれば及第点以上といってよく、以前の由夢の料理の実力からは考えられない程のものばかりだった。その出来映えに音姫は感激した様子で「由夢ちゃん、すごい」と絶賛していた。姉からのこの高評価に「まだまだ兄さんやお姉ちゃんには及ばないよ」と由夢は謙遜しつつも、嬉しさを隠しきれてはいないようで、その表情は明るかった。
 かつては料理を作ろうとすれば冗談抜きで人を殺せるものが出来上がっていた妹のこの成長ぶりには義之も師匠の一人として鼻が高い。本当に以前に比べれば上達したものだ、と思う。
 そうしてみんなでお昼ご飯を食べた後は連日変わらぬこの猛暑。本音を言えば外には一歩たりとも出ず、冷房の効いた家の中でゆっくりしておきたいところだったのだが、義之たちは総出で外に出ていた。
 理由は簡単で杏に呼ばれたからである。

『映画の件で台本が出来上がったからそちらの都合さえよければ明日、打ち合わせをしたい』

 そんなメールが届いたのは昨夜のこと。
 杏が映画製作を企画しているということについて姉には昨日話してある。無論、杏が姉の参加も求めているということも。
 姉は杏が映画製作を企画しているということに「雪村さんすごいね〜」と本心からの感心した様子で自分の参加も求められているということについても「私でいいのなら」と即答でオーケーを出してくれた。音姫が参加することを快諾した件についても当然ながらその場で杏にメール連絡済みである。
 打ち合わせ場所として提示されたのは義之とアイシアのバイト先の喫茶店でもなく、『ムーンライト』でもなく、『花より団子』でもない。風見学園の生徒会室だ。
 夏休み中に何故、そんな場所が使えるのかと言えば理由は簡単。雪村杏は現在の風見学園の生徒会長であるからだ。
 去年の秋のこと。生徒会長選挙が行われる時になって、何を思ったかいきなり杏は「生徒会長になる」と言いだしたのである。勿論、生徒会長に立候補したのは杏一人ではなく、他にも候補は大勢いたのだが、杏の権謀術数の限りをもってすれば彼らは杏の敵ではなく、見事に杏が生徒会長に当選したというわけだ。それ以来、風見学園は杏を頂点とする雪村生徒会に取り仕切られている。
 かつては杉並と並ぶ問題児として生徒会にマークされていた杏が生徒会長になったということで風見学園はどうなってしまうのかと危惧されたものの意外にも杏は生徒会長としての業務を真っ当にこなしていた。何かイベントがある際はその円滑な運営のために尽力し、学園に混沌をもたらそうとする杉並率いる非公式新聞部との対決も行っている。
 ……ということをかつての風見学園の生徒会長であった音姫に話したところさぞ驚いた様子だった。

「雪村さんが生徒会を引き継いだってこともびっくりだけど、何もおかしなことはせず、真面目に取り組んでくれてるなんて尚更、びっくりだよ。うーん、こんな言い方、ちょっと雪村さんに失礼かな?」
「いや、杏の前科を考えればそう思われても仕方がないよ。……正直、俺も今、生徒会がまともに運営されてることが信じられん。っていうか不気味だ。いまだに杏が何か企んでるんじゃないかと思うよ」
「雪村先輩ですからね……。今回ばかりは兄さんの考えすぎ、とは言えませんね……」
「そうかなー? ボクは義之くんの考えすぎだと思うけど? だって、杏ちゃん、すっごくいい子だもん」
「……さくらに言わせれば風見学園の生徒はみんな『すっごくいい子』でしょ。学園長だからってちょっと色眼鏡すぎない?」
「にゃはは〜、そんなことないよ。みんな本当にいい子ばっかりだもん」
「杉並の奴も、ですか?」
「う……ちょっと困ったところはあるけどそれでも杉並くんもいい子だよ」
「あ、今、さくら一瞬、答えに詰まった」

 そんな風にみんなで適当に談笑しながら一行は並木道を通り、風見学園へと歩を進めていく、通い慣れた道筋。学園に到着するとやはり通い慣れた校舎の中を通り、杏が待つ生徒会室を目指した。校舎内に入ればうだるような暑さも少しはマシになる。久しぶりの風見学園に音姫は「なつかしいな〜」と感慨深そうに辺りを見回していた。
 そうして到着した生徒会室の前。打ち合わせをしたいというメールは何も自分たちだけに送られたものではあるまい。この映画撮影に参加を表明しているみんなに一斉送信されているはずだ。果たして、何人が先に来ているか。そんなことを思いながら義之は生徒会室の扉に手をかけた。

「おーい、来てやったぞ」

 扉を開きながら、声を出す。恩着せがましい言い回しなのはいつも偉そうな不敵な笑みに迎えられることへのささやかな返礼と、この猛暑の中をここまで歩かされたことの鬱憤晴らしである。
 生徒会室には主立ったメンバーはそろっていた。杏、茜、小恋の雪月花三人組、そして美夏にななか、渉、杉並。どうやら一番遅れは義之たちのようだった。
 義之たちの姿を視界に入れた美夏が声を発する。

「遅いぞ桜内!」

 隣で杉並も目を細めた。

「ふっ、来たか、桜内。それに……」
「おう、義之、うぃーす。他の皆様もちわーっす……って音姫先輩!?」
「帰ってこられていたんですか!?」

 自然、注目は昨日初音島に帰ってきたばかりの音姫に集まる。渉とななかは驚愕に目を見開き、小恋は「お久しぶりです」と再会の挨拶をかわす。「やっぱり音姫先輩もこの映画に参加するんですか?」とのななかの問いに「そうだよ〜」と音姫は笑顔をたたえて頷いた。

「お久しぶりです。先輩」
「久しぶりっす、音姫先輩。いやぁ、相変わらず美人っすねぇ」
「おっ久しぶりで〜す♪」

 小恋の挨拶に杏、渉、茜と他の面々も続き、しばらくぶりに初音島に帰ってきた音姫と言葉をかわす。そんな様子を横目に義之は「悪いな、遅れたか?」とつぶやくと、

「ふむ。集合時間の10分前に5分遅れだな、桜内」
「あの……杉並くん、それ、遅れたって言わないんじゃ」

 小恋のツッコミに「それもそうだな」と杉並は笑う。その様は相変わらず不遜なものだった。
 メールで指定された集合時間に遅れたわけではない。要はみんな来るのが少し早かったという話のようだった。それを思えば美夏に遅いぞ、と責められる謂われはないような気がするがそこは天枷だし仕方がないか、と義之は自分を納得させた。
 みんなの音姫との挨拶も終わり、義之たちがそれぞれ適当な席に腰掛けると、みんなの視線は杏の方へと移った。この映画撮影の企画者であり総監督である杏の方へと。

「それで杏。みんなそろったことだしよ、早く台本見せてくれよ。俺、どんな中身なのか楽しみで楽しみでしょうがないんだぜ」

 渉が溢れ出る期待感を隠そうともせず言う。杏はくすり、と笑った。

「まぁ、そう焦らない焦らない。今、配るから……」

 そう言うと杏は大量の冊子を取り出した。遠目に見てもコピー用紙の束をホッチキスで止めただけとわかる簡易の台本。それを杏と茜、美夏が分担し、この場に集まったメンバーに配っていく。
 この間、喫茶店で杏からこの話を聞かされた時、アイシアとさくらさんの二人をメインにした物語を書きたいと杏は言っていた。果たしてどのようなものか。義之の胸中は期待半分、不安半分といったところだった。

「楽しみだね〜♪」

 同じように配られた台本を手にしたアイシアの方へ目を向ければ笑顔が返ってくる。さくらにしてもそれは同様で、二人ほどあまりおおっぴらにはしていないものの、音姫と由夢の朝倉姉妹二人もこの台本を楽しみにしているようだった。否、楽しみにしているのは義之たちだけではない。この場にいる面々が多かれ少なかれ、配られた台本への期待感を隠しきれていなかった。自分たちが出演する映画。いったいどんなものなのか。それが気にならない奴なんていない。
 義之はまず表紙を見た。表紙には『ラブリー☆シスターズ』と書かれていた。これがタイトルで間違いないだろう。その下には『風見学園演劇部・映研部共同製作』と記されている。
シスターズとはさくらさんとアイシアのことかな、と義之は思った。『ラブリー』などとタイトルにあるくらいなのだからさぞ明るい物語なのだろう。
 そんな印象は表紙をめくり、最初のページを見ると共に吹っ飛んだ。

 主人公:桜内 義之
 主人公の義妹:アイシア
 主人公の義妹:芳乃 さくら

 台本の一番始め。物語はいまだはじまらず参加するキャストが並んでいる項目にはそんな文字が並んでいた。




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