「第七話 映画と現実と」
「へへ〜ん。早い者勝ちなのです。わー、お兄ちゃんのぬくもりだ〜♪」
義之の胸に飛び込んできたアイシアがそう言って義之の胸で頬ずりする。ここだ。このタイミングだ。
正直、いまだに『お兄ちゃん』という呼び名に慣れることはない。体は半ば硬直し、思考は鈍い。しかし。
「ア、アイシア……」
義之はそう言って体にまとわりつくアイシアを振りほどこうと体をよじった。よじることができた。次の台詞も、
「こんなところで抱きつくなって」
言えた。周囲から安堵感のようなものを感じる。当たり前だ。5回目のチャレンジなのだ。5回目にしてようやっと『お兄ちゃん』の呼び名にも、そう言って自分を慕うアイシアとさくらさんにも慣れることができた。
何度も撮影を中断していたポイントを無事に越えて、撮影現場が喜びとようやくか、という安堵に包まれる中、撮影はつつがなく進行する。
「そうだよ、アイシア。お兄ちゃんから離れて!」
さくらがそう言って義之にひっついてるアイシアを引きはがそうとする。
「え〜! なんで〜!? あたしはお兄ちゃんのぬくもりを感じていたいのに〜」
「ダメダメ! アイシアが抱きついていたらボクが抱きつけないでしょ? だから離れて」
「さくらも抱きついてくるつもりなのかよ!」
思わずさくらさん、とさん付けで呼びかけた義之だったがなんとか台本通りの台詞を言うことができた。さくら。家での練習でも何度か口にしたがやはり口の中には違和感しか残らない。
「二人とも離れて、みんな見てるだろ?」
「むー」
「えー」
義之の言葉にさくらとアイシアは不満げに声をあげる。そんな兄妹の様子に周囲の面々は笑みを浮かべた。
「あはは。アイシアちゃんもさくらちゃんも相変わらずだね」
「義之くん。慕われてるね〜♪」
小恋と茜がそう言い、
「全く。毎度のことながら呆れるやりとりだな。もう少ししっかりしろ、義之」
美夏がため息をつき、
「うう……ちくしょおぉぉ。アイシアちゃんとさくらちゃんにあんなに慕われて、羨ましいぞ、義之〜!」
渉がそう咆吼した。
「しっかりしろ、って言われてもな。これ、俺のせいなのかよ!?」
必死の思いでアイシアを自分から引きはがしながら義之は叫ぶ。なんだか演技している気がしなかった。違っているのは呼称くらいでそれ以外は、アイシアとさくらさんが自分に甘えてきて、それを皆が生暖かい目で見守り、何故か自分が責められる、というのはいつも通りのやりとりだからだ。
いつも通りにしていればいい。杏の言葉が脳裏に蘇った。

「教室での撮影はここまでね。みんなお疲れ様」
杏の言葉に撮影現場の教室はホッとした雰囲気と開放感に包まれる。なんだかんだで映画の撮影というものは緊張感があるもので、肩に力が入ってしまうものだった。
「みんなの頑張りのおかげで思ったよりスムーズに撮影を進行することができたわ」
「テイク6までいったのにか?」
渉がからかうようにそう言って、義之を見る。そう言われると義之としては面目ない思いに捕らわれるほかなかった。『お兄ちゃん』と呼ばれるのに体が拒否反応を起こしているとはいえいくらなんでも4回も失敗するのはやりすぎだ。アイシアのドジも結局、最初の一回限りで自分ばかりミスしていたことになる。
「テイク6までいった、じゃなくてテイク6までで済んだのよ。正直、義之やアイシアさん以外にも、もっと失敗があると想定していただけに嬉しい誤算だったわ」
杏のその言葉に嘘はないだろう。杏は本当に嬉しそうな表情を浮かべている。とはいえ、登場人物の台詞の一言一句が台本と同じだったのではない。少し台詞を間違える箇所も多々あったが、特に大きな間違いでなければそれはスルーされていた。
「しかし、桜内があれほどまでに『お兄ちゃん』と呼ばれるのが嫌だとはな」
「そうだよね〜」
美夏と茜がそう言って笑う。「うるせー」と義之は返した。
「普段、呼ばれ慣れしてない上にアイシアはともかくさくらさん相手だぞ? ありえないって」
「あたしに呼ばれるのはいいんだ?」
「まぁ、アイシアは、な。違和感があるのはたしかだがさくらさんに呼ばれた時ほど拒否反応があるわけじゃない」
「うにゅ〜、そんなにボクが妹なのが嫌?」
さくらは少し落ち込んだ表情を浮かべた。そんなつもりで言ったわけではない。義之は慌てて、
「嫌ってわけじゃないですけど……さくらさんは俺の保護者……母親みたいな人ですからね。そんな人が自分より年下って状況に慣れないというか違和感があるというか……」
「にゃはは、そっか。ボクが大人の魅力にあふれているから妹だってことに違和感があるんだね♪」
大人の魅力。それは少し違うような気がしたのだが、義之は口にしないでおいた。
「まぁ、なんにせよ義之には早く『お兄ちゃん』って呼ばれるのに慣れて欲しいわね。撮影は今日で終わりじゃないんだから」
「わかってるよ」
杏に釘を刺され頷く。『お兄ちゃん』。正直、いまだに違和感がぬぐえないでいる呼称だがなんとか慣れていかないといけないだろう。
「演劇部のみんなはもう帰ってもいいわよ。義之たちは残ってちょうだい」
「まだ撮影を続けるのか?」
義之の言葉に杏は頷いた。
「今日中にもう1シーン、撮影しておきたいの。帰り道のシーンなんだけどね。台本、ちゃんと覚えてる?」
「俺がアイシアやさくらさん、小恋たちと一緒に並木道を帰る場面だろ。なんとかな」
「そう。それならよかった。他のみんなは?」
その後、杏は順々にみんなを見渡す。みんな問題はなさそうだった。
「それじゃあみんな、移動しましょう。カメラもいいわね?」
総監督の指示のもと、義之たちは撮影場所を移すのだった。

通い慣れた並木道。
そこを義之たちは歩いていた。
いつもなら既に分かれ道で別れているバス通学組が一緒にいることやそれに加え、アイシアとさくらまで一緒にいること、そして、その光景がカメラに写されているということを除けば、いつも通りの帰り道である。
「…………」
「〜〜♪」
「〜〜♪」
気まずげな、困った顔で歩く義之とは対照的にアイシアとさくらの二人は楽しげな笑顔を浮かべ歩を進め、しかも鼻歌なんて歌っている。その理由は――。
「うーん、いつものことながら凄い光景だね」
「まさに両手に花だね」
義之『たち』の隣を歩くななかと小恋が義之たちを見てそう口にする。
「ちくしょおおおおおお、義之〜、うらやましすぎるぜえええええ!!」
渉の咆吼が響く。おそらくは演技ではなく本心からだろう。
義之の両腕は二人の妹にしっかりとホールドされていた。
右腕をアイシアの両腕が抱え、左腕はさくらの両腕が抱え、自分の体とくっつける。義之の両脇は二人の妹がぴったり密着していた。
小恋の言葉通り、まさに両手に花。
「やれやれ。アイシアもさくらも相変わらずだな」
「しかもあれ、押し当てるよね、胸」
美夏と茜が呆れたように呟く。そう、茜の言う通り無理矢理に胸を押し当ててくる腕の抱き寄せ方だった。
両腕を二人の妹に取られての帰路。杏の書いた台本の設定によるとどうやら桜内兄妹はいつもこのスタイルで帰り道を歩くようだ。義之の羞恥に歪んだ表情は演技ではない。いくら映画の撮影とはいえこんなスタイルを取らなければならないとなれば演技する必要もなく自然と羞恥に染まった表情になるというものだ。やたらと楽しそうなさくらとアイシアもおそらくは演技ではないだろう。
「な、なぁ……アイシア、さくら」
「なぁに?」
「なにかな、お兄ちゃん」
義之の言葉に二人の妹は義之を見る。
「ちょっと離れて歩かないか?」
しかし、二人の妹は首を横に振った。
「いやだよ」
「そうだよ、お兄ちゃん。どうしてボクたちがお兄ちゃんから離れないといけないの?」
さくらさんからの『お兄ちゃん』。その響きに再び体が硬直しそうになるが、気合いをいれて演技を続ける。
「そ、それは……やっぱりほら、人の目もあるし……」
「そんなのあたしたちは気にしないよ」
「そうそう♪」
どうやら説得は無理のようだった。義之はため息を1つ、つく。
「はぁ……」
それもまた演技ではなく本心からだった。スキンシップの激しいアイシアにはこうして腕を取られて歩くこともたまにあるのだが、さくらにそうされるというのはなかなかない。本人の言葉通り、『妹』という立場を思う存分使って普段以上に甘えてきているようだった。
「ふふふ……」
そんな時、不意に笑い声が響く。それはこのシーンから撮影に参加している由夢――設定では義之の後輩でアイシアとさくらとはクラスメイト、そして、義之に思いを寄せていることになっている――からだった。
「笑えますね。アイシアもさくらも。そんなちっちゃい胸を押し当てても桜内先輩は何も感じませんよ?」
由夢の挑発的な台詞にアイシアとさくらは「むっ」と反応する。そう。朝倉由夢。桜内義之の後輩でアイシアとさくらのクラスメイト、義之に思いを寄せそれを隠そうともしない、小悪魔のような性格をした一筋縄ではいかない少女。それが杏の書いた『朝倉由夢』の設定だった。
「ふふ、桜内先輩はそんな二人のちーっちゃな胸よりわたしのような大きな胸の方が好みですよね?」
そう言って由夢は自分の胸を両手で抱えて示して見せる。「うー」とアイシアとさくらが唸った。
それにしても、演技とはいえよくやるものだ、と義之は思った。普段の由夢とは全然キャラが違う。『お兄ちゃん』程ではないが『桜内先輩』という呼び名にも違和感はつきまとう。
「由夢〜、ちょっと胸が大きいからって調子に乗らないで!」
「そうだよ、ボクたちのお兄ちゃんへの愛の前には胸の大きさなんて関係ないよ!」
アイシアとさくらは義之の腕を抱えたまま、由夢の方を振り向き怒鳴る。しかし、そんな怒声も由夢にとってはどこ吹く風だ。
「ふふっ、必死になるところが気にしてる証拠ですよ、お二人とも」
そうしてさらに二人を煽る言葉を口にする。全てにおいて現実ではありえないやりとりである。最初台本を読んだ時、こんなやりとり由夢やアイシアには到底できないだろ、と思ったものだが。義之は感心半分驚き半分だった。
「さぁ、桜内先輩の隣をあけてください。桜内先輩の腕を取って歩くのはわたしの役目なんですから」
「絶対あけないもん!」
「そうだよ! お兄ちゃんの隣はボクの居場所なんだから!」
自分の隣をめぐるやりとり。これは現実でも似たようなことがあったかな、と思う。もっともアイシアとさくらさんと音姉の間でのことで由夢はこの映画と違い呆れて見ているだけだったが。
(なんつーか、不思議な気分だなぁ)
困惑する義之に構わず映画撮影はどんどん進行していくのだった。

「ふぃ〜、疲れた、疲れたぁ」
渉が思いっきりのびをしながらそう言うと「そうだね」とななかが頷いた。
「ななかもちょっと疲れちゃった」
「私も〜」
ななかに続き小恋も頷く。
「でもこうやって演技するのってちょっと楽しいかも」
しかし、不平不満を言うばかりではなく、そう言ってくすり、と笑った。
「ふふ、演劇の楽しさに目覚めてくれると演劇部部長としては嬉しいわ」
「俺としては勘弁してくれってところだけどな」
小恋の言うように楽しいか楽しくなかったかで言えば楽しかった。だが、同時に勘弁してほしいという思いもやはり強くある。慣れろ慣れろとは言われてもやはりアイシアとさくらさんが自分の妹なんてのはありえないし、そんな風に二人がベタベタくっついてくるのを撮影されているというのは恥ずかしすぎる。
「あたしは大満足だけどね。義之くんとイチャイチャできて」
「ボクもボクも〜♪」
本当に満足げな笑顔を浮かべたアイシアの隣でさくらも笑う。しかし、そんなさくらをアイシアは睨んだ。
「……さくらが義之くんに必要以上にベタベタしてたのが不満と言えば不満だけど」
「にゃはは、しょうがないよ。だってボクは義之くんの妹、桜内さくらなんだからさ♪」
あからさまに邪険にされてもさくらにとってはどこ吹く風だ。全く気にした風もなさそうにアイシアの言葉に応える。
「妹はお兄ちゃんに甘えるものなのです♪」
そう言って楽しげに笑った。
「うー、いいなぁ。さくらさんにアイシアさん。私も弟くんに甘えたかった〜。弟くんの妹になりたかったよ〜」
そんなさくらとアイシアを見て音姫が心底不満そうに残念そうに言う。
「いや、この間も言ったけど音姉まで妹なんてわけわかんないから」
「うー、でもでも〜」
「でも、って言われても……」
子供のようにぶんぶんと腕を振って駄々をこねる音姫。これ以上のないくらいのはまり役でクールな先生役をこなしていた映画の中の音姫とは似ても似つかぬ姿だった。
「ところで義之くん」
「ん、なんだ?」
不意にアイシアが義之の方を向いた。そのルビーの瞳には何かを期待するような楽しげな色が見え隠れしている。
「『妹』のあたし、どうだった?」
期待感に溢れた瞳で見上げてくる。しかし、どうだった、と聞かれても義之としては答えに困るところだった。
「どう……って言われてもな」
「すっごく可愛かったでしょ?」
「いや、まぁ、たしかに可愛かったけど、別に妹であってもなくてもアイシアはいつも可愛いし……」
義之が歯切れの悪い言葉を返しているとそれを耳ざとく聞きつけた杏が「ナチュラルにのろけたわね」と呆れたように笑った。「そういうことじゃなくて〜」とアイシアは不満そうに続ける。わかっている。アイシアがこういうお決まり通りの返答を求めているのではないということは。『妹』という特別な役柄を演じた自分。さらに言えば『妹』の自分がどうだったかを聞きたいのだ。
「あたしは『妹』のあたし、桜内アイシアに関してどう思ったかを聞きたいな」
期待と視線はそのままに。アイシアは真っ直ぐに義之を見る。義之は「まぁ」と前置きし、
「慣れなかったし小っ恥ずかしかったけど……」
「けど?」
「悪い気はしなかったよ」
それは事実だ。勘弁してほしいと思ったのも事実ながら、アイシアやさくらのように可憐な少女に『お兄ちゃん』と慕われることに嬉しさを感じなかった訳ではない。
「名演技だったな。こんな可愛い妹が二人もいる兄貴は幸せ者だろうなぁ、って思ったよ」
「そっかそっか〜♪ 義之くんは妹のあたしにメロメロになっちゃったんだね」
「いや、そこまでは言ってないけど……」
ご機嫌そうに笑顔を見せるアイシアを前に苦笑いをもらす。そこに、
「にゃはは、それじゃ義之くん。ボクにもメロメロになったんだね♪」
唐突にさくらが会話に入り込んできた。アイシアの笑顔が曇り、一気に不機嫌顔になる。
「義之くんは一言もそんなこと言ってないでしょ」
「言ったよ〜、こんな可愛い妹が『二人』もいるなんて、って」
「うう……」
むー、となるアイシアに対してさくらは余裕綽々の笑顔だ。
「でもいいの。お兄ちゃん?」
「なにがですか? っていうか、撮影は終わったんだからお兄ちゃんはやめてください」
「ごめんごめん、お兄ちゃん♪」
「…………」
完全に楽しんでる。そう悟った義之はそれ以上さくらに注意をすることをやめた。
「物語の中の妹の相手をするのはいいけど現実の妹のことも忘れちゃだめだよ」
「現実の妹って……あ」
さくらの言葉にハッとする。そして、気付く。義之たちの会話の輪に加わらず一人離れたところで不機嫌オーラを出している『妹』の存在に。
「ゆ、由夢……」
現実の妹。隣家の姉妹で妹のような存在。由夢に義之はおそるおそる声をかけた。
「どうかしましたか? さくらさんとアイシアさんっていう二人のかわい〜い妹に囲まれてデレデレしてた『お兄ちゃん』」
笑顔が逆におそろしい。これは怒ってるな、と思った。
「そこまでデレデレしてないっての」
「そうですか? わたしにはそう見えましたけど……桜内先輩」
「お前までくすぐったい呼び名はやめろよ。もう映画の撮影は終わってるんだぞ」
「そうですね。でも、わたしが桜内先輩のことをどう呼ぼうとわたしの勝手でしょう?」
「…………」
緊迫感あふれる会話の応酬が続く。まずい。どうやら本気で怒っている。
「俺もアイシアもさくらさんもは杏の書いた台本通りに動いただけだって、それに文句があるなら杏に言ってくれ」
「…………」
義之としては至極真っ当なことを言ったつもりだった。しかし、由夢はそれでは納得がいかないようだった。
「……そんなことわたしだってわかってますよ」
理解はできる。でも、納得はしかねる。そんな思いがぶっきらぼうな言葉の端々から伝わってくる。
「現実では義之くんの妹は由夢ちゃんだからね。その立場を奪われちゃって、しかもそれを義之くんがまんざらでもない風に思ってるのが由夢ちゃんとしては悔しいんだよね?」
そんな時、助け船を出すようにさくらが会話に入り込んでくる。
「さ、さくらさん! 別にわたしは兄さんの妹であることになんか特にこだわってません!」
さくらの言葉の何がそんなに由夢の心を揺さぶったのか。『桜内先輩』ではなく、『兄さん』。焦りのあまりか、素の呼び名が出た。
「ただわたしは兄さんがあんまりにもデレデレしてるからそれはどうかと思って……ああ、それと」
「それと、なんだ?」
「か、勘違いしないでくださいよ、兄さん」
「何をだ?」
「だ、だから……わたしが兄さんのこと好きだとか、胸の大きさを強調したりとか、そういうのは全部、映画の中だけの演技なんですからね!」
「いや、わかってるけど……」
名演技と言ってもいい。完璧な演技だった。胸の大きさを強調するところなんて相当恥ずかしかっただろうに。かなり自然にこなしており、少々感心してしまったほどだ。
今の由夢は端から見てもかなりパニクってた。しまいには「もういいです!」と強引に会話を断ち切ろうとする。
「映画の中でさくらさんとアイシアさんが兄さんの妹なのはもう決まってることですからね。わたしはそのことには特に文句はないです」
いや、大ありだろ、と義之は思った。が、口には出さなかった。やぶ蛇は御免だ。
「ただいくら演技する必要があるとはいえ、節度は守ってくださいね。あんまりにもデレデレしているようだと身内として恥ずかしいです」
「へいへい……」
「まったくもう……」
そう言うと由夢はそっぽを向いてしまった。
結局、最後まで不機嫌が直らなかった妹に辟易していると、総監督の杏がみんなに本日の撮影終了の挨拶をするところだった。
「みんな、今日はお疲れ様。みんな予想以上に演技力があって驚いたわ」
へへ、と渉が笑う。他の面々も笑顔だった。褒められて悪い気はしない。もっとも義之としてはアイシアとさくらがくっついてくるのはいつものことなのであまり演技したという実感はないのだが。
「撮り直しもそこまでせずに済んだし、このペースだとあっという間に完成しちゃいそうね」
くすり、と杏は満足そうに笑った。
「なんにせよ今日の撮影はここまでよ。今日のところはみんな家に帰って存分に体を休めて頂戴。それじゃあ解散。……最も着替える必要がある人はいったん風見学園に来てもらうことになるけど」
杏の挨拶はそれで終わった。
映画撮影。義之としては初っぱなからアイシアやさくらに『お兄ちゃん』と呼ばれこそばゆい思いをしたり、そのことで何故か由夢に拗ねられたり、散々だったがこれもまだ出だしに過ぎない。
(早く終わらせて欲しいもんだぜ……)
かといって逃げ出す訳にもいかない。主役という大役の持つ重みがずしりと両肩にのしかかる。一人、ため息を吐く。
「ねぇ、義之くん」
そんな時、アイシアが話かけてきた。
「ん? なんだ、アイシア。アイシアは服、着替えないといけないからいったん風見学園に戻って……」
「ううん、そうじゃなくて……」
アイシアはどことなく挙動不審だった。まるで何かを聞こうか、聞くまいか、迷っているような……。
「義之くんってやっぱりおっぱい大きい方がいい?」
「ぶほっ!」
いきなり口から飛び出した衝撃の問いだった。思わずむせ返る。
「な、な、な……どうしていきなりそんなことを……?」
義之の問いにアイシアは「だって」と続ける。
「映画の中で由夢ちゃんに……」
「ああ……」
そういえばそんなやりとりがあった。桜内先輩は胸が大きい方がいいだのなんだの。
「あたしのおっぱい、やっぱりどっちかっていうとちっちゃいし……それに音姫ちゃんから聞いた話じゃ義之くんの持ってたエッチな本、おっぱいの大きい人のものが多かったらしいし……」
なんてことを言ってくれるんだ音姉。妙な告げ口をした姉に心の中で文句をいいつつも義之は「そんなことないって」と続けた。ちなみにそういった本一式はアイシアと付き合い出すようになってから処分済みだ。
「いや、まぁ、そりゃ、どっちかというと大きい方がいいけど……」
「やっぱり……」
アイシアは見るからに落胆した様子を見せた。義之は慌てて、
「だけどアイシア。俺はそれ以上にアイシアのことが大好きなんだ。その感情の前では胸の大きさなんて関係ないよ」
そう。それが真実だ。自分はアイシアが好きなのだ。たとえ胸が小さかったとしても全く関係ない。
「そう? おっぱい、ちっちゃくてもいい?」
「ああ。別に構わないって」
「そっか……」
義之の言葉にアイシアは笑顔を浮かべる。
「映画の中でも現実でも、義之くんはあたしにメロメロなんだね♪」
「……まぁ、そういうことになるかな」
楽しげなアイシアを前に義之は苦笑いをした。そんな時、
「こんなところでナチュラルにのろけるなんて……流石は義之」
杏の冷ややかな声が耳を刺す。
しまった。今ここは映画の撮影が終わったところで。これから解散しようというところで、まだ解散したわけではない。周りにはみんながいたのだ。それをすっかり忘れていた。
「義之くんとアイシアさん、ラブラブだね〜」
「ほんとに映画の中と変わりないな」
茜と美夏も呆れたように言う。
「ちくしょおおおお、羨ましいぞ、義之〜! 俺もそんな恋がしたかったぁぁぁぁ!」
「にゃはは、ボクとしては二人が仲良しさんで嬉しいな」
「全く、これだから兄さんは……場所をわきまえてくださいよ」
「うう〜! アイシアさん、ず〜る〜い! 私も弟くんに大好きって言われたい〜!」
一気に騒がしくなった面々を前にあはは……、と困ったように苦笑いを浮かべ続けるしかない義之だった。