1月2日(日)「想いの行方」





 補習合宿最終日の授業が終わった。
 教師は変わらずさくらだが今日は一日目のように難しすぎることはなく、二日目のように簡単すぎることもなく、普通の授業だった。
 さくらは最後に挨拶をし、再び教壇に立てたことをありがたく思うことと付属3年3組はどんなことにも本気なんだ、ということがわかったということ、そして、最後にもうすぐ付属を卒業する面々にこれからも何事も本気で頑張ってください、と激励の言葉を残し、授業を終えた。
 その様子は至って普通。相変わらず見ているとどこか安心する笑顔を浮かべた普段通りのさくらだ。しかし。

(……………)

 昨日の看板落下事故の時に見せた悲痛な表情が脳裏に焼き付いて離れない。無理をして明るく振る舞っている、という程ではないが、苦しみを心の中に隠し持っているのは間違いないだろう、と義之には思えた。あの看板の事故の際に見せたさくらさんの表情は突発的な事故に遭遇したことによる軽いパニック、というには度が過ぎていた。まるで今まで似たようなことを何度も何度も見てきたかのような、そんな悲しさと絶望を秘めた表情だった。そして、これは推測だがおそらくはその度に苦しみや悲しみを抱え込んできていたのだろう。さくらさんがそんな風に苦しみや悲しみを抱えていることに事故の現場で直接見るまで気付けなかった自分に腹が立つ。自分の前ではさくらさんは全くそんなそぶりを見せなかった。それが自分に悟られまいとする行動だとしても、それでも気付いてあげるべきだった。家族なのに。自分の保護者で、母親のような人で、そして今は好きな人でもあるのに。
 結局、真相を聞き出せなった年越しの『枯れない桜』の下での出来事も彼女が自分に隠していることの一つだ。隠すからには相応の理由があるのだろう、と思う。さくらさんは意味もなく隠し事をする人ではない。でも。その隠し事を、真実を知りたいと思う。知って力になってあげたいと思う。だって家族なんだから。だってさくらさんにことが好きなんだから。それくらいの力添えは当り前にするべきだ。
 しかし、さくらさんは真相を話してはくれない。果たしてどうするべきか。
 そんな風に義之は思考に埋没し、

「義之くん? 義之くん?」

 自分を呼ぶ声になかなか気づくことができなかった。

「あ……」

 気が付けばクラス中の視線が集まっている。教室を出て行こうとするさくらが義之に何度も呼びかけた後のようだった。

「す、すみません、ちょっと考え事をしていて……なんですか?」

 さくらは気にした風もなさそうに、

「あー、うん。別に大したことはないんだけどね、これから予定とか決まってる?」

 補習合宿最終日の今日は午前中の補習授業のみで後は解散、ということになっている。

「特には決まってませんね」
「そっか。まー、友達と遊ぶのもいいけど、なるべく早く帰ってきてね。夜はパーティーだから」

 さくらの言葉にはい、と頷く。そう、今日1月2日は由夢の誕生日だ。
 そんなことを言うさくらの笑顔はいつも通りで、不意に看板落下事故の際の悲しみの表情がフラッシュバックする。義之はさくらを問いただしたい衝動に思わずかられた。年越しの時、『枯れない桜』の下で何をしていたのか、看板の落下事故でどうしてあんなにショックを受けていたのか。
 しかし、今は話すべきことではない。少なくとも周りにクラスメイトたちが大勢いる状況では。「わかりました」とだけ言葉を返すとさくらはそれっきり、手をひらひらと振って教室から出て行った。
 ――――さくらさんは何かを隠している。それも、とても重大なことを。
 その思いだけは義之の中で確信となって芽生えていた。

「おい義之〜。難しい顔してどうしたんだ〜?」

 そんな時、不意に声がかかった。気が付かない内に机まで落ちていた視線をあげる。そこには悪友のからかうような笑みがあった。

「渉か……別になんでもないよ」
「なんでもないってこたぁねぇだろ。らしくなく眉間にしわなんか寄せちまってよぉ」
「なんでもないったら、なんでもないって」

 この友人の気遣いは嬉しくもあったが事情を知らない人間に話して解決できる問題でもない。
 義之のぶっきらぼうな返答に気を悪くした様子もなく渉は笑った。

「……ま、お前が何を抱え込んでるのかは知らないけど今日で補習合宿も終わりだろ? これからカラオケにでもいかねーか?」
「カラオケか」
「おう。雪月花の面々も参加するってよ」

 そう言って渉が小恋たちのいるところを示して見せる。
 小恋も杏も茜も、遠巻きながら、義之の様子を伺っていたようだ。義之が視線を送ると、慌てて目をそらす。
 はたから見ていて気付かれる程に悩んでいたのか、と少し驚く。でも、それも仕方がない。何よりも大切な家族、さくらさんのことなんだから。
 カラオケ、か。
 悪くはないチョイスだ。気心の知れた連中と一緒に無心になって思いっきり歌えばこの胸の中のもやもやも晴れるかもしれない。しかし。

「悪ぃ。今回はパス」
「お、そうか?」
「ああ。悪いな」

 今はもう少し、思考にひたりたい気分だった。いくら思考しても無意味だとしても、思考が何も生み出さないとわかってはいても、それでも、今はこの胸のもやもやと向き合うべきだと思えた。

「わかった。ま、正直、残念だけど無理強いはよくないしな」
「すまんな。また懲りずに誘ってくれ」

 そうするぜ、と渉は笑い、雪月花の方へと歩いて行く。義之は一人、自分の椅子に残される。荷物をまとめて帰り支度をしつつも気になるのはやはり、さくらのことだった。



「さくらさんが好きってことだけで悩めていればまだ単純[シンプル]だったんだけどなぁ」

 誰に言うこともなく、ひとりごちる。
 さくらさん。自分の家族で保護者で母親のような人。そんな人を好きになってしまった。そのことだけで悩めていればまだよかった。しかし、今はそれとは別にさくらさんに関する悩みが増えている。
 まず年越しの夜、『枯れない桜』の下で彼女は何をしていたのか。
 そして、元旦、看板の落下事故でどうしてあれだけショックを受けていたのか。
 どちらの問題にも共通するのはさくらは何かを抱えていて、それを義之に隠しているということだ。
 苦しみを抱えながらも何事もなかったような顔をして義之たちに笑顔を見せている。それは悲痛だ、と義之は思う。苦しいことや悲しいことや悩み事があるのなら話してほしい。そして、一緒に解決策を模索したい。家族として、彼女に好意を寄せる者としてそう思うのは当然の感情だ。
 そんなことを思いながら学園を出て適当に歩いていると気付けば商店街の方に出ていた。昨日の看板の落下事故から日が経ってないこともあり、嫌な思い出が脳裏をよぎる。あまりいたくない場所だ。カラオケに行くといった渉たちと鉢合わせるかもしれない。カラオケの誘いを断った身分、それは少し気まずい。どこか別のところに行こうかと思った義之だったが、

(そういや、久々にアイシアのところに顔を出してみるか)

 補習合宿の間、全く会うことができなかった異国の少女のことが頭に浮かぶ。
 アイシア。自分のことを『旅人』と名乗ったアッシュブロンドの髪とルビーの瞳が特徴的な異国の少女。幼げな容姿に神秘的な雰囲気を秘めた不思議な少女。顔をあわせていると、あのルビーの瞳に全てを見透かされているような錯覚に陥る。家族でも友人でもない、義之の日常生活とは少し離れたところにいる少女。それだけに彼女に出会えれば停滞したこの状況も改善できるような、そんな根拠のない憶測が胸に芽生える。
 行こう。
 そう決めてからの行動は早かった。場所は、以前行ったことがあるからわかっている。義之は商店街を進み、その場所にたどり着いた。
 シートを広げ、その上に所狭しと置かれた木製の、どこかあたたかい感じのする玩具の群れ。そして、そんな玩具たちに守られるようにシートの中心に座る――、

「あ」

 彼女は義之に気付いたようだった。驚いた顔をして、義之を見る。「よっ」と義之は片腕を上げた。

「あけましておめでとう、アイシア」

 そう言うとアイシアは驚いた顔のまま硬直した。……何か、まずいことを言ったりしたりしてしまったのだろうか? 自分としては自然に新年の挨拶をしただけのつもりなのだが。
 アイシアは呆然と驚いた顔のままでいたが、ややあって、

「うん! あけましておめでとう、義之くん! あたしのこと、覚えていてくれたんだね♪」

 楽しげな笑顔と共にそう言った。見ているとなんだか安心する、その笑顔。やっぱりアイシアはあの人に似ている、と義之は思った。

「当り前だろ、たかが数日会わなかったくらいで忘れるかっての。アイシアは俺の記憶力をなんだと思ってるんだ」
「あははー、ごめんね♪ でも、ビックリしたんだよ」

 自分はそれ程、もの覚えが悪いように見えるのだろうか? 内心で少しガックリする。
 しかし、こんなにも印象的な異国の少女のことを忘れるわけがないじゃないか。

「義之くんがこうして来てくれたってことは年末年始の補習合宿はもう終わったのかな?」
「ああ。……ってもついさっき解散になったばかりだけどな」
「なるほどなるほど〜」

 アイシアはニヤニヤと笑みを浮かべる。それは先ほどまでの人を安心させる笑みとは違うどことなく悪戯っぽい微笑み。

「ってこと義之くんは補習合宿が終わって真っ先にあたしのところに来てくれたんだ〜」
「え? ま、まぁそういうことになるかな……」
「そんなにもあたしに会いたかったんだね♪」

 からかうようにアイシアが笑う。
 言われてみればそうだ。補習合宿が終わり、友人たちからのカラオケの誘いも断り、異国の少女のもとへ向かう。これでは恋慕の情があるとみなされても言い訳できない。
 アイシアの悪戯っぽい表情にどう反応すればいいかわからず「あ……う……」と義之は言葉に詰まる。
 どう言えばいいか。義之は悩んだが、結局、ストレートに本当のことを伝えるのが一番、という結論に達した。

「ま、まぁ、アイシアに会いたかったってのはホントかな」
「そう? やったぁ♪」

 子供のように無邪気に喜ぶアイシア。

「それで、ご用件は?」

 微笑みをたたえたまま、ルビーの瞳で真っ直ぐに見られる。その透徹した瞳はどんな嘘も隠し事も暴いてしまうようなそんな不思議な魅力があった。

「用件って言うか、まぁ、ちょっと相談がしたくて」
「相談?」

 小首を傾げたアイシアにああ、と頷く。さて、何から話したものか。
 年越しに『枯れない桜』の下にいたことをどう思う……ダメだ。そんなこと普通の人はしないし、その相談をすればその当人、さくらさんのことも話さなければならなくなる。家族の自分でもさくらさんが何をやっていたのか、何を考えていたのかさっぱりなのだ。アイシアにわかるわけがない。
 では、看板の落下事故は? 看板の落下事故を見て知り合いが悲痛な表情をしていた……これもダメだ。そんな事故を目にすれば少なからず人は悲痛な表情をする。どれだけ自分がその表情を普通ではないと感じたからといってもそれは所詮、主観に過ぎない。その現場を知らないアイシアでは事故でショックを受けたんじゃないのかな、なんて回答が返ってくるのがオチだ。やはりこの二つのことは人には相談できない。……と、なると。

「たとえば……あくまでたとえばの話なんだけどさ」

 残りの一つの悩み事。自分の恋愛がらみの悩みを口にするしかないわけで。

「家族みたいな人を好きになるのってやっぱり変だよな?」

 あまり自分との距離が近くない。知り合って間もないアイシア相手だからこそ話せた。自分が今抱えている悩み事。家族みたいな人、保護者のような人、母親のような人を好きになってしまったという悩み。

「その好きって、ライク? それともラブ?」
「……ラブだ」
「うーん」

 アイシアは困ったようにうなる。当り前か。逆の立場で考えてみてもいきなりこんなことを言われたらなんて言い返せばいいのかさっぱりわからない。

「家族ってかもっと言ってしまえば保護者みたいな人なんだけど。そういった人に恋愛感情を抱くのってやっぱり変だよな?」

 話しすぎだ、と思った。ここまで話してしまえば『たとえば』の話ではなく自分の身の上を話しているも同然ではないか。しかし、アイシアはそのことを追求することはなく、

「あたしは別に変じゃないと思うけどな」

 そう、告げた。
 それは義之を気遣ったりした言葉ではなく、本心からの純粋な意見だと、そう透徹した瞳が語っていた。

「あたしの知ってるカップルにね……カップルっていうか結婚もしちゃったんだけど、義理の兄妹で付き合っていた人たちがいるんだ」

 義理の兄妹でカップルになって、そして、結婚。それはすごいことだと思った。きっと障害も多かったし、葛藤もしたことだろう。そんな義之の考えを裏付けるようにアイシアは言葉を続ける。

「勿論、義理の兄妹……家族だからね。障害は多かったし、そのことで悩んだこともあったみたい。でも二人はくっついた。当り前だよね。愛し合っていたんだから。義理の兄妹だとか家族だとか、そういうのは関係のない……きっと些細なことだったんだよ」

 そう語るアイシアはどこか自慢げだった。苦難の道を乗り越えて幸せをつかんだ知り合いのことを語るように、楽しげで誇らしげで。

「……だから義之くんが家族みたいな人を好きになっても別におかしなことじゃないと思うけどな」
「……俺の話だって言ってないけど」
「あはは、そうだったね。『たとえば』の話だったね」

 完全に見透かされているのだろう。アイシアはそう言って笑った。

「『たとえば』家族みたいな人を母親みたいな人を好きになる人がいても変な話じゃないと思うよ。だって家族なんだから。ずーっと一緒にいるんだもん。その人が魅力的だったらその魅力に家族が真っ先に気付くのは当り前でしょ?」
「そういうものかな」
「うん。あたしはそう思う。『たとえば』家族みたいな人を、母親みたいな人を好きになった人がいたとしてもそれは絶対に変なことでもおかしなことでもない。卑屈になったり恥じたりすることはなく、誇っていい、堂々としていていいことだと思うよ」
「そう……かな……」

 アイシアの語気はだんだんと義之を元気づけるようなものに変わっていっていた。母親のような人を好きになってしまった。それは堂々としていいことなんだろうか? ルビーの瞳はどこまでも透徹で、嘘やその場をしのぐだけの誤魔化しを言っているのではない、ただ純粋に真実と信じたことを言っているだけだと雄弁に語っている。

「だから、その『たとえば』の人は自分の想いに素直になるといいんじゃないのかな」
「自分の想い?」
「うん」

 アイシアは頷き、全てを見通すようなルビーの瞳で真っ直ぐに義之を見据えた。

「自分の想いに正直に、思うがままに行動する。……それがきっと最良の結果に繋がるとあたしは思うな」

 そう語るアイシアの笑顔は眩しくて、何を自分はこんな小さなことで悩んでいたんだろう、という気分にさせられる。

「……っとちょっと偉そうだったかな? 長々と語ってごめんね」

 先ほどまでの大人びた真面目な表情から一転、子供っぽい表情になったアイシアがぺろり、と舌を出す。

「いや、すごく参考になったよ。ありがとう、アイシア」
「あははー、お役に立てたのならなにより」

 本当にためになる話を聞けた。家族を、保護者のような人を、母親のような人を、好きになってしまった。そのうしろめたさのようなものも幾分かやわらいだような気がする。そうだ。自分はさくらさんが好きだ。この想いは誰にも否定できないし、否定させない。
 家族だから、なんだ。母親のような人だから、なんだ。好きなものは好きなんだから、仕方がない。自分の中に芽生えた想いに正直に。思うがままに行動する。
 ならば、今、自分がしたいことはなんだ?

(さくらさんを助けたい)

 そうだ。あの人は何か、おそらくは大きな悩みを抱えている。それを取り除いてあげたい。あの人が二度と、悲痛な表情をしなくてもいいように。あの人がいつものように、明るく笑えるように。
 ……想いを告げるのは、その後でいい。まずはあの人のことが第一だ。

「サンキュ。アイシア。本当に助かった」
「うん♪ あたしでよければいくらでも相談に乗るからいつでも来てね」
「ああ。そん時は頼む」

 アイシアと出会えてよかったと思う。胸の中のもやもやが幾分か薄らいでいるような気がする。さくらさんを助ける。明確な行動の指針ができたのなら、後は真っ直ぐに進むだけだ。その想いを胸に、義之はアイシアの元を立ち去ったのだった。



 さくらさんを助ける。
 行動の指針はできた。ならばどうするべきか。やはり、さくらさん本人に問いただすのが一番だろうか? 年越しの時、『枯れない桜』の下で何をしていたのか、看板の落下事故でどうしてあれだけショックを受けていたのか。それらはさくらさん本人でしか知りえない情報に思えた。しかし、『枯れない桜』の下で何をしていたのかについては一度聞いて、答えを得られないでいる。あの時は自分もそれで納得していたし、もう一度聞いても結果は同じような気がする。

(う〜む)

 自分はさくらさんを助けたいと思っている。しかし、さくらさんの方がそれを望んでいないのだとすれば? こちらが手を差し出しても、相手がつかんでくれないのであれば助けることなどできない。さくらが一貫して自分の悩みを義之に話さない、隠しておこうとしているのであれば本人に訊ねても何も得られない。さて、どうしたものか。
 そんな風に商店街を歩きながら思考に明け暮れる義之に不意に声がかかった。

「フッ、誰かと思えば同志桜内ではないか。奇遇だな」
「杉並か……」

 面倒くさい奴にあった、と思った。今は自分やさくらさんのことでいっぱいいっぱいで他のことにかまっている余裕はない。また何かくだらない企みをしているのならスルーして家に帰ろう。そう、思っていたのだが。

「時に桜内。金髪でリボンをつけた小柄な少女に心当たりはないか?」
「……っ!?」

 不意に発せられた言葉に心臓がドキリとする。金髪でリボンをつけた小柄な少女――それはまさしく今、義之の胸中にいる人――さくらとぴったり合致する。

「金髪でリボンをつけた小柄な少女、ね。……俺の知り合いではさくらさんぐらいしかいないけど」
「うむ。俺もこのことを聞いて真っ先に芳乃学園長のことが頭に浮かんだ」

 我が意を得たり、とばかりに杉並は頷く。訳が分からない。杉並はいきなり何を言い出しているんだ? 「それがどうかしたのかよ?」と訊ねれば、

「うむ。実はな桜内。ここ最近、この初音島で不審な事故や事件が頻発しているだろう」
「ああ」

 それは義之も知っている。補習合宿に行く前のニュースで見た。ビルのガス漏れ事故にバスの交通事故、放火や強盗。そして、義之本人も目撃した看板の落下事故。いずれも死者は出ていないようだが平和な初音島には似つかわしくない不穏なニュースの数々だ。

「我が非公式新聞部の情報網によるとそれらの事故や事件の現場で必ずといっていいほど共通の人物が目撃されているのだ。その人物の特徴が――」
「……金髪でリボンをつけた小柄な少女?」

 義之の言葉にその通り、と杉並は頷く。

「その人物は共通して悲痛な表情を浮かべていたと聞く。ごめんね、と謝っていた例もあるらしい。その人物が犯人かどうかはわからないし、その人物が芳乃学園長だとまだ決まった訳ではない。だが、臭うだろう? 何か大きな……我々には想像もつかないような何かが起きているのだという気配が」

 いつもなら杉並の誇大妄想だ、と一刀両断に切り捨てる話だった。だが、義之は見ている。看板の落下事故で悲痛な表情を浮かべていたさくらの姿を。ごめんね、と声に出さず詫びていたさくらの姿を。その金髪でリボンをつけた小柄な少女とはさくらのことではないのだろうか?
 何かが、起きている。杉並に完全に同調するわけではないが、そんな予感は義之の胸にも芽生えつつあった。

「それで、お前はその調査をして回ってるってわけか?」
「まぁな。我が非公式新聞部は年中無休なのでな。ここ最近、初音島で頻発する事故や事件、果たして何かの陰謀か、それとも超自然的何かか、考えるだけで血が騒ぐ。是非とも真相を解き明かさなければ……」

 杉並はニヤリと笑った。

「ここで会ったのも何かの縁だ。同志桜内に頼みがある」
「……だから同志じゃないっての。……なんだよ?」

 大方、ロクでもない頼みなんだろうなー、と予想をつけつつも一応、聞いてみる。

「芳乃学園長にこのことを伝えてくれないだろうか?」
「さくらさんに?」
「ああ。事故や事件の現場にあらわれる金髪でリボンをつけた小柄な少女――それが芳乃学園長なのだとしたら話は早い」

 たしかにアテもなく調査して回るよりは何かを知っていると思われる人物を当たる方が労力も少ないし得られる情報は多いだろう。しかしそれはその人物が本当にさくらだったらの話だ。まだ別人である可能性も残っている。義之はしばし考え込み、この頼みを受けることにした。

「……わかった。さくらさんに聞いてみる。でも、その人物が本当にさくらさんかどうかはまだわからないんだろう?」
「別人、ということがわかるのならそれはそれで収穫だ。案外、例の人物は人間ではない超自然的存在、という可能性もあるしな。頼んだぞ、桜内」

 杉並にこうも素直に頼みごとをされると何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。しかし、それでも今回はこの頼みを受けることにした。このことは義之自身が抱えている悩みにもつながりがあることだと、本能が告げていたからだ。

「まぁ、一度引き受けたからにはちゃんと聞いてみるよ」
「恩に着るぞ、桜内。では、俺はこれで、調査の続きがあるのでな」

 これまで起きた事故や事件の現場でも見て回るつもりなのだろう。杉並はそう言うとあっという間に商店街の人ごみにまぎれ姿を消した。

「しっかし金髪でリボンをつけた小柄な少女……ね」

 どこの事故・事件現場でも目撃されているという悲痛な表情をした人物。看板の落下事故の時にさくらが見せた悲痛な表情が義之の脳裏に蘇る。どうしても義之の中ではその人物がさくらであるという確信に近い直感があった。

「何かが起きている……か」

 それが年越しの時のさくらの不審な行動や、看板の落下事故の時に見せた悲痛な表情の正体なのだろうか。だとしたら、その真相を知りたい、と義之は思う。
 もし杉並の言う通り、本当に何かが起きていてそれをさくらさんが全て背負っている、心の中に抱え込んでいるなんてことは絶対にダメだ。その苦しみや悩みは家族で共有しないといけない。何より、自分の好きな人が苦しんでいるのを見過ごすわけにはいかない。
 おりを見て、さくらさんに訊ねてみることにしよう。
 そう結論付けると義之もまた商店街を後にするのだった。





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